ワインとチーズとバレエと教授
その頃、理緒は、
緊張した面持ちで
バレエスタジオのドアをあけた。
まだ誰も来てないスタジオで
男性講師が待っていた。
「初めまして
津川理緒です
本日、初心者レッスンの
ご予約をした者です」
「…どうぞ」
男性講師にスタジオに入るよう
促され、理緒が靴を脱いで
頭を下げてスタジオに入った。
男性講師は、高杉と名乗った。
長いバーがスタジオの中央に置かれていた。
「両手でバーを持って
足を限界まで、縦に開いてみてください」
理緒は頑張って開脚したが
床に足がベタッとつくことはなかったが
それでも、ほぼ180度に近い開脚だった。
「………すみません、
これしか開きません…」
高杉は「いや、十分です」と言った。
「次に前屈して、床に手をつけてみてください」
理緒は前屈し、手どころか、ヒジまでペタンと床についた。
「結構、以前はフィギュアスケートを?」
「はい、何年も前ですが…」
「分かりました、
今日は体験レッスンです
まず、教室の雰囲気に慣れてください
分からない用語がたくさん
出てきますが、他の先輩を見ながら
やってみてください」
「はい」
「それと、バレエシューズを
お貸しします、足のサイズは
23センチくらいですか?」
「22センチです」
「では、これを」
ピンクのぺったんこの
バレエシューズを渡された。
「左右はありません」
そうなのか…
理緒は貸し出された
バレエシューズを履いた。
レオタードはなかったが
動けたらいいと言われて
ヨガに使えそうな
レギンスとTシャツを着た。
それから30分後、
大人クラスのメンバーが次々に
「おはようございます」
と、スタジオに入ってきた。
理緒はどうしていいか分からず
おどおどしたいた。
みんな、素敵なレオタードや
髪はカワイイ、シュシュで
お団子にして、まとめていた。
高杉は
「では、初めます
あなたは、真ん中に」
端っこで、おどおどしてた理緒が
真ん中に入れてもらえた。
「ではプリエから、
プレパレーション、
一番、二番、四番、五番
手はアラセゴン、アンバー、
アンナバーを通ってカンブレ
最後、アンオーで
ススして終わり」
プリエ…?
スス…?
なにそれ…?
音楽が流れた。
「はい、プレパレーション」
皆がいっせいに
左手をバーに、そっと乗せ、手を下から横へ
スムーズに動かしていた。
とりあえず、理緒も真似をした。
何が何だか、わからないまま
プリエというものが、終わってしまった。
「次はタンデュ、
前二回、プリエ
横二回、プリエ、
後ろ二回、プリエ
同じことを後ろから繰り返し
はい、行きますー」
えっ、えっ、えっ…
理緒は皆の、真似をするのが精一杯だった。
「あなた、足を
アンディオールしてください」
高杉先生が言った。
「あ、アンディオール…?」
「外側に向けることです
バレエで真っ直ぐ直線に出すことは
やってはいけません」
高杉は、理緒の足を
グリッと外側に向けた。
これがアンディオールか…
「次はジュテ…
前二回、横二回、後ろ二回
また後ろから繰り返し
アンクロワです」
アンクロワ…
また理緒が皆の真似をして
何とかついていった。
どうやら、タンデュは
床から足が離れず
ジュテは、離すらしい…
周りの人を
キョロキョロ見ながら
理緒は90分のレッスンに
ひたすら、ついていった。
そして、クタクタになって
最後は床に座り込んだ。
バレエがこんなにハードだとは思わなかった。
そして、理緒が知らない
厳格なルールがあるらしい。
高須先生が「よく頑張りましたね」と、理緒に話しかけた。
「続けたいなら
スポーツ保険に入ってもらい
バレエ教室の規約書類を渡しますが…」
「はい!お願い致します!」
理緒は、やると決めたー
ここから、長い戦いが始まっていく事を
理緒は、まだ知る由もなかった。
ただ、遠くで衣装を着て
別の先生に指導され、
妖精のように踊っている
バレリーナに目を奪われ、
「あんなふうに、なれたら…」
と、儚い夢を描いていた。