ワインとチーズとバレエと教授
「あーうるさい!泣くな、泣くな、泣くな!」
と母親の声がした。
「ごめんなさい、
もう泣かないから…」
「黙りなさい!
早く泣き止みなさい!
たたくよ!1、2、3、」
「ごめんなさいごめんなさい」
理緒が口を抑えて泣くのを、必死に堪えた。
「プッ…何その顔、おもしろーい
ほら、ほら、ほら、」
母親が理緒の髪の毛を引っ張って
左右に頭を揺らす。
「ほら、ほら、ほら、おもろーい!」
理緒が口を手で覆いながら
必死に泣くのをガマンする。
でも、そのまま髪を捕まれ、引きずられて玄関に
放り出された。
「やだ、オウチに入れて…!」
「ばいばーい」
母親は楽しげに、玄関の鍵をガチャリと締めた。
「お母さん、中に入れて!
お願い!もう泣かないから
いい子にするから!
寒いよ!お母さん!」
お母さん…
理緒が自分の声で、目が覚めた。
そこには、誰もいない
安全な自分のマンションだった。
理緒が起きて、キッチンに行き水を飲んだ。
やっぱり嫌な夢を見たー
でも、私は、もうあのときの私じゃない。
理緒はマランツに再びCDを入れラフマニノフをかけた。
壮大なラフマニノフー
「私は、もう、あのときの私じゃない」
ピアノとバイオリンが激しく流れるー
「私は、もう、あのときの私じゃない」
激しいピアノ協奏曲ー
「私はもうあのときの私じゃない!!!」
理緒がマランツのデッキを床に投げつけた。
テーブルの上に置いてある、バレリーナの置物も
紅茶のカップもバーっと両手でなぎ倒した。
ガラガラガラと、音を立てて
床に食器が落ちて割れていった。
「もう前の私じゃない!邪魔しないで!」
理緒が壁に向かって、床にそろえてあった
トゥシューズを投げつけた。
「もう前の私じゃない!!!」
「理緒…」
「…!?」
亮二がいつの間にか、理緒のマンションの
玄関に立っていた。