悩める転生令嬢は、一途な婚約者にもう一度恋をする ~王族男子は、初恋の人を逃がさない~
 頭を打ったあの日から一か月ほどが経ち、私は自分の身に起きたことを理解しつつあった。

 自分自身や周囲の人や物のことを、わかっているはずなのに、わからない。
 資料集で見たとか、「テレビ」の中の風景みたいとか。
 身の回りの全てが、物語の世界のように見えてしまうあの感覚。
 加えて、ベッドに入って目を閉じると、ものすごい勢いで何かが頭の中に流れ込んでくるのだ。

 こんな生活を続けた結果、毎晩のように頭に叩きつけられるあれは、前世の記憶なのでは、と気が付いた。
 今と前世の記憶が混じって混乱しているのだとすれば、今いる場所が物語の世界のように見えてしまうことにも説明がつく……気がする。
 なんだかよくわからないけど、頭を打ったときに記憶の回路が開いたとか、そういう感じなのだと思う。

 徐々に取り戻しつつある記憶によれば、私の前世は、日本に住む18歳の女子高生だった。
 自分が置かれた環境に不満があって、大学受験を機に外へ飛び出そうとしていた。
 塾なんてすぐ行ける場所にはなかったから、参考書やネット講座を使って勉強し、入試直前の模試では第一志望B判定。

 絶対大丈夫とは言えなかったけど、受かる可能性はそれなりにあったと思う。
 模試の結果を突っ込んだカバンを自転車のカゴに入れ、早く家に帰って最後の追い込みをするぞと気合を入れてペダルをこいだ。
 家に辿り着く前に事故に遭い、私の人生は幕を閉じた。
 最期に抱いた気持ちは、「何もできないまま終わるのか」という強い無念だった。
 そんな無念が残っているのだから、即死ではなかったようだ。

 そうして18歳で生涯を終えた私は、西洋チックな世界のご令嬢として転生していた。
 私の得意教科は世界史だったけど、こんな国や歴史は知らない。
 私が元いた場所とは別の世界なんだろう。
 志半ばで人生を終えたと思ったら西洋風の世界に転生していました! なんてとても信じられる話ではない……のだけど、実際そうなってしまっている。

 10歳の私、アイナは長く美しい金髪に、水色の瞳の少女だ。
 前世に比べれば随分と可愛らしくなったと思う。
 ……男の子のジークベルトの方が可愛いのが、ちょっと悔しいけれど。

 アイナはこの国トップクラスの身分の人間として生まれ、周囲の人々にも恵まれていた。
 この世界でラティウス家の娘として生きることに、なんの疑問も感じていなかった。
 でも、今は違う。
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