君という鍵を得て、世界はふたたび色づきはじめる〜冷淡なエリート教授は契約妻への熱愛を抑えられない〜
3,やり場のない愛
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物音がすることに気付いて目を開けた。
スリッパの軽い足音。
電気ケトルに水をそそぐ音。
午前六時。
毎朝同じこの時間が、規則正しい彼女の一日の始まりだった。
一人暮らしをしていた部屋から、こうして物音が聞こえるようになってしばらく経つが、いまだに慣れない。
誰かと暮らすなど、十代の後半から数えて十数年ぶりになるからだ。
まったく、自ら望んだことなのに情けなく思う。
しばらくして、俺は外出する準備をしようと自室から出た。
「おはようございます」
リビングに行くと、すっかり身なりを整えていた彼女が俺に笑いかけた。
以前、安田さんに選んでもらったモスグリーンのワンピース。
少し栗色がかってやわらかにウェーブした髪が、華奢な肩で揺れている。
その姿は朝日に溶け込むようにやさしくて、俺はその素朴な笑顔につられるように、口元を緩ませた。