お願いだから、キスしてください!〜妖精だけど人間に恋をしています〜
「やぁ。今日も珍しいお客さんだね」
月の妖精が言った。フィオンは自己紹介をした方がいいのかどうかしばし悩んで、なぜ打ち合わせをしてこなかったのだろうかと後悔した。そこまで思考が回らなかったのは、メリンに会えると浮かれていたからなのだが本人は気が付かない。
フィオンが声を発する前に、鈴を鳴らすような可愛らしい声が辺りに響いた。フィオンが頭の中で何度も反芻していた声だ。
「フィオン? どうしてここに……」
そこには初めて見た時と同じ、美しく透き通った羽をつけた小さな妖精の姿のメリンがいた。月の妖精と対峙していたようだった。
「メリン、会えて良かった」
フィオンはメリンの姿にほっとし、体に変に入っていた力が抜けたようだった。握りしめた拳を僅かに開く。月の妖精からのプレッシャーはまだまだ大きく恐ろしいが、メリンがいることが心強い。
バイオレットがメリンに飛びついた。
「まだ寿命は渡してないよね!?」
半泣きのバイオレットにメリンは目を見開いて驚いている。
「バレていたの……?」
「そりゃメリンの考えることだもん。わかるよ。間に合ってよかった。呪いはこの人間が自分で月の妖精に頼むっていうから、メリンはもう何も差し出さないで!」
ふたりの妖精の友情を月の妖精はにこにこと見守っていた。
「仲良しさんは、やっぱり良いね」
その美しすぎる笑顔は、フィオンには背筋の凍るものだった。しかし本当に楽しそうに見守っている。なぜこんなにも怖いのだろう。
「人間のお客さんは魔女以外だと初めてだよ。それにしても顔色が悪いね。呪いのせい?」
月の妖精はフィオンの顔を覗き込んだ。フィオンが息を呑むと、「あ。ぼくの魔力のせいか、ごめんごめん」と言って長い爪のある手をフィオンの顔の前で振った。
すると途端に息がしやすくなり、冷や汗も引いていく。
フィオンは大きく深呼吸をした。すると、月の妖精のこの部屋はスパイスの香りと花の香りが混ざった不思議な香りがすることに気がついた。
匂いも感じられないほど緊張していたようだ。
「さっきの呪われてる人間って彼のことでしょ」
月の妖精はメリンに聞いた。
「そうです。どうでしょう。この呪いは何とかなりますか?」
「なんとかなるよ。この程度の呪いなら、ぼくにかかれば朝飯前さ」
月の妖精はフィオンの顔を覗き込んでにやりと笑った。