お願いだから、キスしてください!〜妖精だけど人間に恋をしています〜
あれは、私が悪い妖精のオオカミに喰べられそうになっていた時のことだった。
綺麗なトンボを追いかけていたら、私たちの住む場所から外れ、滅多に立ち入らない場所まで来てしまい迷子になってしまっていた。
完全にうっかりしていた。
普段ならしっかり者の私がこんなミスは起こさないのに。
そのトンボがあまりにも綺麗で、甘い匂いがしていたから。
迷い込んだところは、オオカミ(の姿の妖精)に喰われるから行ってはいけないと言われている場所だ。
太陽の光さえも差し込まない、葉が鬱蒼と生い茂る薄暗い森の中だ。
空気は心なしかじっとりと水分を含んでいて、どこへ行っても木の影にはなにかが潜んでいそうな場所である。
そんな場所だというのに、周りも見えないくらいに熱中していたことに気がついたのはオオカミに追いかけられてからだった。
甘い匂いは私を誘い込む匂いだということに考えが至るには、またさらに時間がかかった。
なんとか逃げ切ろうと、力を振り絞って小さな羽を羽ばたかせる。
何度かオオカミの歯がガチン、ガチンと鳴っていたのが聞こえた。
私に出せる全速力で飛んでも、オオカミには勝てないこ とはわかっている。
もうだめだと諦めかけた時。
私を追いかけていたオオカミに剣が振り落とされた。
斬られたオオカミは驚いた様子で、慌てて逃げていった。
剣の主を見ると、馬に乗りマントを羽織った人間の騎士だった。
脇目も振らずに逃げていた私は気が付かなかったけれど、人間がすぐそばまで来ていたのだ。
騎士だとわかったのにはワケがある。
昔おばあちゃんがよく話してくれたおとぎ話に出てきた騎士に姿が似ていたこと。
それに、私たちがたまに人間界に遊びに行くと女の子たちが『騎士様だわ』とはしゃいで見つめる先にいる人間の姿と一緒だったから。