お願いだから、キスしてください!〜妖精だけど人間に恋をしています〜
食器の使い方を教わりながら食べる朝食はあっという間だった。食べ終わる頃にはすっかり体も軽くなり、これなら掃除の仕事もできそうだとフィオンに話す。
「人間は毎日仕事で大変ね」
そう言うと、「生きていくためだからな」とフィオンが笑った。
「人間は楽しいばかりでは生きていけない面倒な種族なんだ」
「ふぅん。じゃぁ私も早く慣れないと」
「君の着替えも用意しないといけないな。マリーと一緒に街に買いに出かけたらどうだ?」
人間は着替えも必要で大変だ。水浴びも浴室という個室でしないといけないし、冷たい川でバシャンと潜るのが最高に気持ちいいのに。
でもせっかくの提案だ。街へ出かけるというのはとてもワクワクする。
「それならフィオンと一緒に行きたい。デートというのでしょう」
微笑んでお願いすると、フィオンは何かを喉に詰まらせたような顔をした。
「女性の服を見立てたことがないからどうしたものか……というか、妖精もデートをするのか?」
「話を逸らされたわ」
「ばれたか」
あははとフィオンが笑う。
私が大好きな笑顔だ。
けれどやっぱり目の下が薄っすら黒くなっている。
「ねぇ、フィオン。もしかしてとっても疲れているの? それともどこか悪いの? 怪我が痛むの?」
顔色が心配で捲し立ててしまった。
「リーアムから聞いたのか? ちょっと怪我をしただけだよ。君が気にすることではないよ」
そう言われてしまうと、もう何も言えなかった。
「さて俺も仕事の時間だ。メリンも食事ができて安心した。仕事も無理をしないで」
そう言うとテーブルの上を片付けて部屋から出て行ってしまった。
私はキスしてって言うのを忘れてしまったのを思い出す。
まだ今日は始まったばかりだ。機会はまだまだあるはす。
まずは掃除の仕事を頑張ろう。
まだ枕元ですやすや寝息を立てているバイオレットに、残しておいたパンのかけらをテーブルに置いて私も部屋を出た。