お願いだから、キスしてください!〜妖精だけど人間に恋をしています〜

「メリン!」
 泉に着くと、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「バイオレット!」
 バイオレットの声を聞いて、身体中の力が抜けた。
 騎士のおかげで平静を保っていられたけれど、助かった後も緊張していたのだと気がつく。
「探したんだよ! 急にトンボ追いかけて行っちゃうし、呼んでも気づかないで森に入って行っちゃうし……って、人間に連れてきてもらったの!?」
 私を手に乗せた騎士に驚いている。そうだよね。私だってこの状況に驚いている。
「君の仲間か! これで安心だな」
 彼は優しく微笑んだ。
 胸の奥がきゅうっと締め付けられる感覚があった。
 その途端になぜだか泣きそうになる。
 これは、なんなのだろう。
 私、変なものでも食べたのかしら。
 どこかおかしいのかな?
 涙が出そうになるのを振り切って、バイオレットに向き直る。
「オオカミに食べられそうになっているところを助けてもらったの。これで人間界に帰してあげられるわ」
 この後はバイオレットに任せて、私は泉で休んでいこう。そう思っていたのだけれど。
「では君たちの住処まで案内してもらおう。君を下ろしたら人間界まで案内してくれ」
 騎士はそのまま私を大事そうに手で包んでバイオレットの方まで馬を進める。
「仕方がないなぁ。メリンもボロボロだし、連れて行ってもらった方が安心だもんね」
 そういうとバイオレットがくるくると馬の周りを飛び回る。
「さぁ、あたしの後に着いてきて!」
 私たちエキザカムの妖精は、人間を案内するのが大好きなのだ。
 エキザカムの一族の決まりで、妖精界に迷い込んでしまった人間は人間界に返してあげなければならない。
 この決まりを破れば命が消えると言われている。
 だから私たちは妖精界に迷い込んだ人間は必ず人間界に帰れるように道案内をしてあげるのだ。
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