【コミカライズ】王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは要らないですか? 〜破局寸前で魅了魔法をかけてしまい、わたしのことが嫌いなはずの婚約者が溺愛してくる〜
手作りの飾り紐を押し付けて、恥ずかしそうに逃げて行った。その後ろ姿を見送りながら、リジーがいたずらに囁く。
「モテモテですね」
「からかわないで」
受け取った飾り紐をリジーに預けて、肩を竦めた。いつもは『悪女』として女性たちに嫌われまくっているのに、こうしてちやほやされると変な感じがする。
爽やかな風が吹いてきて、エルヴィアナの長い黒髪が揺れた。その髪は、つつじ色の飾り紐で束ねられている。まさしくクラウスを意識したものだ。
すると別の夫人が、大荷物を抱えているのが目に留まった。エルヴィアナはすぐに駆け寄って声を掛けた。
「重そうですね。もしよろしければお運びいたします」
「まぁ、よろしいの……?」
「はい。どちらまででしょうか?」
「あそこのテントまでなのだけれど」
目的の場所まで荷物を運んであげれば、彼女はうっとりした表情でこちらを見上げた。
「助かったわ。とても綺麗な貴公子様。わたしの夫の若いころにそっくり!」
「ふふ、ありがとうございます。きっと旦那様の方がずっと素敵でしょう」
「まぁ……」
(というかわたし、女だけれど)
エルヴィアナが少し愛想を向ければ、女性たちはすぐに恋に落ちた。
「あのぅ……そこの麗しいお兄さん! この瓶の蓋を開けてくださらない?」
「分かりました。――どうぞ」
「きゃ〜力が強くてて素敵!」
(というかわたし、お兄さんじゃないのだけれど)
次から次へと女性たちに声をかけられ、いつの間にか人集りができていた。力仕事を頼まれれば喜んで引き受け、愛想よく対応をしていた。
「もしパートナーがいなかったら恋人になりたいですっ!」
「わたしもわたしも! お付き合いを前提に結婚したい!」
「……ありがたいお言葉ですが、わたしにはもう婚約者がいるんです」
というか、エルヴィアナは女なので彼女たちと結婚はできないのだが。すると、人集りの中の少女が、おもむろに尋ねる。
「見かけないお顔ですが、どこの家門の方でしょうか」
「ブレンツェ公爵家の者です」
「まぁ、見た目も中身も、加えてお家柄まで完璧……! でもブレンツェ公爵家のご子息様はもっと歳が上だった気が……」
「わたし、娘のエルヴィアナです。あなたがおっしゃるのは兄の方でしょう」
「ええっ!?」
ざわり。王子のようにもてはやしていた美青年が、まさかの令嬢だったことに、一同は大困惑。極めつけにエルヴィアナは、社交界でも評判の悪い悪女だ。
「驚かせてしまいすみません。――そろそろ失礼しますね」
そう言い残して優雅に踵を返す。
するとそのとき、視線の先で二人の男女が話しているのが見えた。
(あの二人……)
――ルーシェルとクラウスだ。
最近のクラウスはエルヴィアナに執心していたので、この組み合わせを見るのは久しぶりのことだ。久しぶりのことだが、やっぱり焼きもちを焼いてしまうし、胸がぎゅっと締め付けられる。
「お嬢様。あれ、見てください。王女様、クラウス様に飾り紐を渡していらっしゃいますよ。婚約者がいる殿方になんて非常識な……」
「しっ。誰かに聞こえたらどうするの? 不敬よ」
唇の前に人差し指を立てて窘めると、彼女は「すみません」と謝った。
ルーシェルはロング丈のフレアドレスを身にまとっている。フリルになった襟と袖の装飾が細かくて見事だ。情熱的な赤の生地は、クラウスの瞳を思わせるようで。
クラウスもわずかに微笑んでいる。
愛らしい笑顔を向けて両手で飾り紐を差し出す彼女。その様子を遠くから眺めていたら、次の瞬間にルーシェルと目が合った気がした。
まるで、エルヴィアナが見ていることに最初から気づいていたように。彼女は勝ち誇ったように、唇の端を持ち上げた。
エルヴィアナは胸がざわめき、くるりと背を向けた。
手網を掴みながら、鐙に足をかけて馬に乗る。
「お嬢様? どこに行かれるのですか?」
「少し慣らしてくるわ。開会式までには戻るから」
馬を走らせながら、胸に手を当てた。胸のポケットには、エルヴィアナの髪についたものと対になる飾り紐が入っている。実は今日、クラウスのために飾り紐を作ってきていた。デザインも材料にもこだわっていて、素晴らしい出来栄えだ。随分気合を入れて作ってきてしまったけれど、やっぱり渡すのはやめよう。本命からはもう渡されたのだから。