交際0日ですが、鴛鴦の契りを結びます ~クールな旦那様と愛妻契約~
「安心して。少し眠くなるだけよ。起きたらあなたはもう私のモノ。 そうだ、奥様を部屋に呼び出して見せつけてやりましょうか。乱れに乱れたあなたの滑稽な姿を見て、彼女は何て言うかしらね」

不気味に歪んだ微笑を睨みつける。

「こんなことしてっ…タダで済むと思うな。お前自身も、お前の会社も、俺を敵に回したことを悔やむことになる。二度と日の目を見られなくなるだろう。 っ……」

丸山がハンカチを俺の顔に押し付ける。
虚勢を張っているが、それが何の意味も成していないこと、どう考えても今の状況を切り抜けるのが難しいことは分かっている。

それでも、気を失うものかと精神を研ぎ澄ませた。
小梅の顔が浮かぶ。もうあの笑顔を見られないかもしれない、なんて柄にもなく弱気になる自分を叱咤する。

寝るな。息をするな。気を緩めるな。足は動くだろ。蹴り上げろ。後ろの男をまず、っ…駄目だ、動かない。

「くそ、っ」

押し付けられた布に力なく吐き出し、徐々に視界が暗くなる。

小梅……今夜は、寒いからとおでんを二人で囲むはずだったんだがな。

「…っ、一織さん!!」

薄れゆく意識の中、聞こえるはずのない声が耳に届いた。間違えるはずもない、愛おしい声だ。焦ったように上ずっている。何人かのバタバタと廊下を走る喧騒と共に体が解放されるのを感じた。何度も名前を呼ばれ、頬を叩かれる。痛いだろ、と言いたくても声が出ない。

起きて、抱きしめたいのに。俺の顔に冷たい雫が落ちてくる。
泣いているのか…?
誰だよ、こいつを泣かせたやつは。…いや、俺か。

助けに来てくれたのか、小梅が。なんで、ここにいるんだ。

会いたかった。

言いたいことは山ほどあるのに、俺はそこで意識を手放した。





< 146 / 167 >

この作品をシェア

pagetop