交際0日ですが、鴛鴦の契りを結びます ～クールな旦那様と愛妻契約～

思い出すと涙が滲むのを拭うと、コンコンと控えめにノックが響く。

入ってきたのは新田さんだ。一織さんの秘書であり、高校からの同級生だそう。

｢奥さん、少し休んでください。こいつならそのうち普通に起きますよ。働きすぎで、こんなに寝たのは久しぶりだろうから。よく寝た〜って、普通に起きます｣

念の為、と一織さんが病院に運ばれてからというもの彼の傍から離れようとしない私を気遣って、わざと調子のいいことを言ってくれているのだろう。

｢…よく寝た、って起きてくれたら、私も寝ます｣

｢まあ、あんなことがあった後じゃ心配か。 とりあえず、ココアでも飲んで｣

穏やかに微笑んで、新田さんは缶を掲げる。

｢ありがとう、ございます。いただきます｣

ココアの温かさと新田さんの優しさが染みて、また涙腺が緩む。

私が気づいていなかったら。呑気に買い物をして帰って、おでんを作って待っているばかりだったら。

彼は今、私の前にはいなかっただろう。

丸山麗奈の思惑に気づいたのは、つい数時間前のことだ。