【完結】鍵をかけた君との恋
 目眩(めまい)がした。勇太君がその瞬間、仏様のように見えた。

「そんな、だって私……」

 どうして逮捕されないのだろうと思っていた。命ある者を殺したのにもかかわらず、何故捕まりもしないのだろうと。一層のこと罪を償う場を与えてくれた方が、幾らか楽になれるかもしれないのに、それさえ出来なくて。

「私が産みたくないって言って、それで……」

 罰も受けずにのうのうと暮らす自分が嫌だった。愛も情もない殺人犯と変わらないと思っていた。けれど彼は、そんな私の愛を肯定してくれた。

「乃亜?」

 俯き涙を流す私の顔を、彼は覗き込んだ。

「大好きな人が愛する子を失ったばかりなのに、俺、別れるなんてできないよ」

 そう言って私を抱きしめる彼。鼻を啜る音がした。

「俺だってこんなに辛いんだ。実際に手術をした乃亜が平気なわけない。だから、チャンスが欲しい。乃亜を支えるチャンス。好きになってもらえなくてもいいから、ただ隣にいさせて欲しい」

 ヒックヒックと乱れた呼吸の隙間を縫って、私は答えた。

「また、また絶対勇太君を傷付ける……」

 陸と付き合う気など毛頭ない。だけど私は拒めない。陸のことを、捨てられない。

「だから、別れよ……?」

 もうこれ以上、自分を嫌いになりたくないんだ。

「期間限定でもいいからっ」

 抱きしめられた腕に、力がこもった。

「受験が終わるまででもいい……その時までに乃亜の心を救えない情けない男なら、そんな奴、手放してくれていいからっ」
「そんなの、できないよっ」
「お願いっ」

 魚のように、自分の目が見開いたのがわかった。

「お願い乃亜。もう少しだけ、乃亜の側にいさせて……」

 懇願する彼の胸元で、私は彼の鼓動を聞いていた。ドキドキドキドキ速く打って、律動的だった。

「乃亜、お願いっ……」

 恋愛は終わるもの、愛など続かない。そのはずなのに、何故彼は私の元を去ろうとしないのだろうか。彼の真っ直ぐな想いが、私を酷く混乱させた。
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