【完結】鍵をかけた君との恋
「今年の勝者は紅組!」

 白組は負けた。僅差だった。

 閉会式。隣の列の後方で整列する勇太君をふいと見る。俯いていた。筋の浮き出た拳固が震えていた。だけど明後日私は彼を傷付ける。この予定は動かせない。

 ドク、ドク、ドク。
 そんな明後日への不安からか、私の心臓はやたらと騒いだ。
 ドク、ドク、ドク。
 万華鏡のように景色が回り、実在しない物体がチラチラ瞬く。気持ちが悪い。

「の、乃亜!?」

 意識を失うその瞬間、凛花の声がした。


 眩しい蛍光灯の光が、瞼を開ける邪魔をする。ここが保健室だと理解したのは、鼻腔から感じとった医薬品の匂い。怠い体をシーツから剥がそうとすれば、それは温もりで止められた。

「アホか、まだ寝てろよっ!」
「り、陸?」
「急に倒れるから、まじで焦った!」
「ごめん……もう、大丈夫だから」

 陸が側にいてくれた。それが、嬉しかった。

 保健室の先生は、歩けるうちに帰って寝なさいと言った。熱もないし、大丈夫でしょうと。
 
 陸と歩く帰り道。頼まなくても、彼は私の荷物を持った。

「凛花や勇太も心配してたんだけどさ、アイツらこんな日でも塾あるらしくて」
「そうだったんだ」

 未だにふらつく体を、陸が支える。陸に触れると安心する。だけど彼は不安げだ。

「乃亜、朝から体調悪かったの?」
「ううん、朝は平気だった」
「親父さん、家にいる?」
「どうだったかな……っていうか」
「ん?」
「気持ちわる──」


 ガードレールに手をかけて、胃から喉へと上がってきたものを吐き出した。陸は背中をさすってくれた。

「乃亜、まじでやばいじゃん。熱はないんだよな?」
「う、うん」

 いくら吐いてもすっきりしないこの感覚は、人生初だ。食中毒なんて言葉が頭を過ぎる。

「もしかして生理?生理でも、こんなには辛くならないか」

 生理。陸のその発言で、今月、九月と遡り、八月でようやく見えたその印。

「え……まさかお前」

 青ざめた私の横顔を見て、陸が察した。背にあてられていた彼の手は止まる。

「妊、娠……?」

 囁くにも満たない小さな声なのに、それは私の耳に矢を射った。その刹那だけ、止まる吐き気。

「嘘だ……だって、そんなっ」

 妊娠など、していないはずだ。

「気のせいだよ」と言って欲しくて顔を上げたのに、瞳に映るは鏡のように私と同じ顔をした陸だけ。彼の黒目の中の自分と目が合って、寒気がした。
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