【完結】鍵をかけた君との恋
「陸ー。乃亜ちゃん来てるの?」

 陸の母が帰ってきたようだ。起き上がる気力もない私は、未だに陸のベッドの上。こんなにも腫れた双眸では、挨拶もできやしない。

 居間から聞こえてくる会話に、耳を傾ける。

「来てるけど、今は俺の部屋で寝てる」
「あら。どこか具合でも悪いの?」
「疲れてるだけじゃん?」
「夕ご飯、食べていくかしら?」
「いや、いらないと思う」
「そお?あ、ところで体育祭はどうだったの?仕事で観に行けなくてごめんね」
「楽しかったよ。楓も俺もいる紅組が勝ったし」
「わあ、やったじゃないっ。それじゃあ今日は、祝杯ね」
「ははっ。大袈裟だって」

 私の家では決してあり得ない、家族の会話ってやつが心地良い。将来、私にもこんな家庭を築ける日がくるのだろうか。
 そっとお腹に手を乗せて、目を瞑る。

「お兄ちゃん、ちょっといい?」

 楓の暗い声がして、私の意識はそこで途切れた。


 カチャッと扉の開く音がした。

「乃亜、寝てる?」

 陸のウィスパーボイスにむくりと体を起こす。まだ怠い。

「ごめん……寝ちゃってた。今何時?」
「八時過ぎたとこ。どうする?このままうちに、泊まってくか?」

 彼は石鹸の香りをまとっていた。

「ううん帰る。こんな汚い体操着のままごめんね、ベッドなんか使って」
「帰らないでよ」

 ベッドの傍に腰を下ろした陸は、シーツに両腕を預けてそう言った。

「心配だから帰るな。着替えは楓のがある」

 上目遣いの陸。なんだかまた、犬に見えた。
 陸の濡れた髪に触れる。

「甘えて、いいの?」
「当たり前だ」

 陸の手が、私の頬に伸びた。

「今日はずっと、一緒にいよう」

 腰を半分浮かせた彼は、今日二度目の優しいキスをくれた。
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