【完結】鍵をかけた君との恋
 産婦人科の先生は小太りで、髪の毛にけっこうなパーマをかけた中年の女医さんだった。

「お待たせしました。結果が出ましたよ」

 陸の方からひとつ、私の喉からひとつ、息を飲む音が聞こえた。

「そうねえ、まず結果を言う前にね、あなた達にお話したいことがあります」

 デスクの上にカルテを置いた彼女は、私達ふたりの目を交互に見た。

「性行為っていうのはね、同意のもとならそれはそれは気持ちが良くって、何度でもしたくなると思います。でもね、この行為はとてもリスクが高いものなの。相手がもし何かの感染病にかかっていたとしたら、自分にもうつるリスクがあるわ。それと」

 彼女は陸に焦点を合わせる。

「女性の中に精液を出したり、避妊道具を使わずに性行為をすると、妊娠の可能性がぐんと高くなるの。まだ結婚もできない、義務教育中のあなた達は絶対にしてはいけないことで、これからの学業や未来に関わってきます。愛する相手の未来を、もっと真剣に考えてあげてちょうだいね」

 彼女は、陸が私の恋人だと思っているのだろう。陸は「はい」と真顔で返していた。

 学校の先生のように、しばし厳しい表情で私達に忠告をした彼女は、カルテを再び手に取った。大きく息を吐いてから、吸った。

「おめでとうと言えずにごめんなさい。検査の結果、あなたは妊娠しています」

 心臓が止まるかと思った。呼吸の仕方を寸刻忘れた。瞳が乾ききってから、瞬きをした。
 陸も私も、言葉を発さなかった。

 沈黙を破った彼女は続ける。

「今は七週、妊娠二ヶ月目。赤ちゃんはまだすごく小さいけれど、心拍が確認できました。あなたのお腹の中で、あなたのものじゃない心臓が動いているわ」

 白一色の脳内に、淡々と振り込まれていく情報。

「中絶しなさいなんて、そんなことはもちろん私は言えません。堕ろすのを勧める為に医者になったわけじゃないから。ただ、あなたは産むには若すぎる、リスクがある。それだけは言えます」

 神様などいないと思った。自分で自分を不幸だと感じた。

「おうちの人とよく話し合って、そしてまた、ここへ来て下さい」

 私の中の小さな命。この子を望んだのは誰だろう。
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