【完結】鍵をかけた君との恋
 私をマンションの下まで送ったくせに、陸は自動ドアに挟まれながら、私の手を掴んで引き止めた。

「やっぱり俺んちこい。心配すぎる」

 その手を振り解くでもなく、かといって握り返すわけでもなく、陸に連れられるがままに足を進めた。


「母さん達、まだ帰ってきてないな」

 帰宅早々、陸は冷蔵庫を漁っていた。

「腹減ったあー。乃亜も昼ご飯何か食えそう?」

 さっきまでゴミ箱を蹴り上げていた人間だとは思えぬほど、彼はまた平然を取り繕う。

「お。うどん」

 私の食欲も確認なしに、彼は三玉茹でた。


「いただきます」
「おう」

 茹でただけの素うどん。

「どう?」
「どうって。うどんの味だけど」
「ははっ。だよな」

 空腹感などこれっぽっちもなかったけれど、ほとんど味のしない素うどんは、つわり中の私にはちょうど良かったのか、思いの外たくさん食べられた。

「美味しいよ、陸が茹でたにしては」

 そう言う私に、彼は微笑んだ。


「コーヒー飲むか?」

 洗い物をしながら陸は聞いた。

「ううん。いらない」
「そっか」

 蛇口をキュッと閉めて、コップにペットボトルの水を注ぐ陸。それをふたつ食卓に運ぶと、彼は楓の部屋を見た。

「昨日さ、楓に聞かれたんだ。『乃亜ちゃん妊娠してるの?』って。誤魔化そうと思ったけど、俺もろに顔出たっぽくって、悪いけどバレた」

 あれだけ大声を張ってしまったんだ。仕方ない。

「結果出るまでまだわからないって言っておいたけど、なんか楓、すごく落ち込んじゃってさ。『絶対教えて』って言われた。久しぶりにアイツのあんな真剣な顔見たわ」

 陸は水をひとくち飲むと、前のめりになった。

「乃亜。俺達ガキだけじゃ、答えなんか出ないよ。俺の家族全部巻き込んだっていいから、母さんに相談しよう?」

 そんなことを言えば、陸の母に嫌われてしまうかもしれないと懸念した私は、言葉に詰まる。

「楓も母さんも、乃亜を本当の家族みたいに思ってるんだよ。一緒に悩ませてやってよ」

 闇の底。手を差し伸べる陸の隣から、もうふたつの手が見えた気がした。
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