冷徹御曹司は想い続けた傷心部下を激愛で囲って離さない
 頭の芯にまで、すでにお酒が染みこんでいる。
 凌士もマスターから受け取ったグラスを、乾杯の形に傾けて口をつけた。

「統括は、こちらにはよく来られるんですか?」
「月に一、二度程度か。ひとりで考えたいときに来る」
「なんかわかります。ここ、隠れ家みたいで落ち着きますもんね」

 落ち着きとはほど遠い勢いで、お酒を摂取したけれど。あさひは自嘲気味に弱く笑って、飲むスピードを緩める。上司の前で、ジュースのように飲むのはまずいだろう。

 それきりなんとなく会話が途絶え、凌士が静かにビールを飲む。グラスを扱う指がきれいだ。

 あさひも凌士の邪魔をしないよう、黙ってグラスを傾けた。けれど、沈黙そのものは悪い気分じゃない。
 隣で飲む凌士からは、会社で見せる威圧感を覚えないからだろうか。それとも、あさひ自身の頭がぼんやりしてきたからかもしれない。

 とはいえ、考えごとがあるなら、早くひとりになりたいだろう。ギムレットを飲みきったあさひは、じゃあ、と腰を浮かせた。

「わたしはそろそろ失礼しますね。統括部長はゆっくりなさってください」
「いや。碓井さえよければ、まだいてくれ。帰りは送る」
「でも」

 凌士はあさひを遮り、マスターを呼ぶ。
 次の一杯をごく自然に尋ねられ、あさひは戸惑いつつまたギムレットにした。凌士はウィスキーソーダを頼む。

 あさひはおずおずとスツールに腰を下ろし直す。座る直前によろめいたところを、とっさに伸ばされた凌士の手に支えられた。

「酔ってるな」
「そんなことないですよー……。でもありがとうございます」 

 五杯目のギムレットは、ジンの鋭い飲み口のあとにライムの酸味が喉を滑った。甘めに作られたのか、舌には爽やかな甘みがほのかに残る。

 でも、四杯目までとなにか違う。

< 10 / 116 >

この作品をシェア

pagetop