冷徹御曹司は想い続けた傷心部下を激愛で囲って離さない
 追加でいくつかすり合わせを終えたのち、あさひたちは研究者たちと和やかな雰囲気のうちに別れ、校舎をあとにした。

 寒空の下、パンプスの踵が広い歩道を蹴る乾いた音が響く。誰が手入れしているのか、二月にしてはキャンパス内は驚くほど緑豊かだ。
 次は緑の多い場所でデートするのも、いいかもしれない。あさひはふと凌士のことを考えて顔をほころばせる。

「おれなんかに任せていいんですか」

 広いキャンパスを正門に向かって歩きながら、手嶋が大きな体に似合わない、ふて腐れた風な顔をした。

「うん。この研究をいかに具体的な事業に落としこんで、社内を動かせるかは手嶋くんの働きにかかってるよ。といっても、わたしももちろん、サポートするから」
「なんでおれに? ……チーフに文句ばっかり言ってたのに」
「意欲、あるでしょ。意欲があって、自信もある。そんな社員を使わなくてどうするの」

 手嶋がはっと表情を引きしめる。

「でも、ここからは……社外のひとには甘えは通用しないよ。手嶋くんも、如月の顔だという意識を持ってね。経験の浅さは、甘えの理由にはならないから。ここからは立場が手嶋くんを作っていくから、邁進(まいしん)してください」

 言いながら、あさひはかつて自身が凌士にもらった言葉を噛みしめる。
 手嶋が足を止め、小さく頭を下げた。

「これまで仕事を舐めてて、すみませんでした。今日のチーフ、格好よかったっす。これからも、よろしくお願いします」

 あさひはくすりと笑って足を止め、手嶋を見あげた。

「こちらこそ、よろしく。さっそく部長に報告しなきゃね。如月統括もきっと経過を早くお知りになりたいだろうし」
「そういやチーフって、統括とは……」
「ん?」

 歩みを再開しかけたあさひは、手嶋がついてこないのに気づいてふり向いた。
 なにかためらっていた手嶋が、はっとしたように歩きだす。

「……いや、なんでもないっす。早く会社に戻りましょう。今後の段取りも詰めさせてください」
「やる気満々だね」

 あさひたちは足早に帰社すると、その足で部長に今日の成果を報告した。聞きつけた凌士も話に加わる。
 主な報告者は手嶋で、あさひはときおり補足をするに留めた。
「よくやったね、ふたりとも。ご苦労さん」
「この研究に目をつけた手嶋のおかげです。部長」
「いえ、部長。事業展開と絡められたのは碓井チーフの手柄です」

 おや、と企画部長も凌士も意外そうな顔をする。手嶋の態度が明らかに変化したからだろう。凌士が先に表情を戻すと、手嶋の肩を叩いた。

「なるほど、いい仕事ができたようだな。研究所との共同研究の件、社長にも声をかけてくれ。NDA(秘密保持契約)を忘れるな」
「はい!」

 ふたつ返事をした手嶋に、部長が賛同の意を示す。そのかたわらで、凌士があさひに向け声には出さずに唇を動かした。
 ——よくやったな。
 目に入った瞬間、心臓が跳ねた。

(凌士さんからの言葉が、いちばん嬉しい)

 あさひは凌士だけに見えるように、とびきりの笑顔を返す。
 まさかその様子を、手嶋に見られているなんて思いもしなかったけれど。
 
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