冷徹御曹司は想い続けた傷心部下を激愛で囲って離さない
 結麻が話していないのにはほっとしたけれど、今度からいっそう気をつけないと。

(それより、凌士さんはどう返すの?)

 次に会ったときに直接伝えるつもりで、あさひはまだ絵美にも話していないのだ。
 あさひは息をつめ、耳をそばだてる。心臓がばくばくと激しく鳴る。

「碓井は、いい女だろう」
「それ、牽制ですか?」
「正しく意味をとらえているじゃないか」
「だって露骨すぎっす……まだおれ、なにも言ってませんよ」
「だが、碓井への見方を変えたんだろう?」
「それは、まあ。けっこういい女だなっつーか……」

 クシャッという高い金属音がして、思わず中を覗いたあさひは息をのんだ。
 凌士が冷ややかな目で、コーヒーの空き缶を握り潰している。

(凌士さん?)

 対する手嶋は凌士の気迫にのまれて、目を丸くしていた。

「……っ、すんません。思っただけで、なんもしてませんから。マジ勘弁してください」
「ああ、のみこみがよくて助かる」
「はいっ、えっと、おれ、仕事に戻ります。あっ、誰にも言わないっす!」

 手嶋がそそくさと空き缶を捨てる。あさひは手嶋が出てくる前に踵を返し、ひと足先にフロアに戻った。

「怖え……」

 あとから戻ってきた手嶋が、席につきながら激しくかぶりを振る。

「あらためます。マジで」

 凌士とのことが知られたのも気まずいし、さっき偶然耳にしてしまった内容も、意識するとドツボにはまる気がする。あさひは手嶋の独り言をすべて聞き流すことにした。

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