冷徹御曹司は想い続けた傷心部下を激愛で囲って離さない
 直接、愛情を向けられるのも幸せだけれど、あさひのいないところでも想いを隠さないでくれるのは、胸をくすぐられると思う。

 ひとり面映い気分を味わっていると、凌士が口を開いた。

「考えたが、やはり婚約の件は会社にも公表したい。お互いの両親への挨拶も済ませて、来月からは一緒に住むだろう。総務にはすぐバレるぞ」

 先日、あさひは凌士を実家に連れていった。
 実家の両親は喜びを通り越して、驚きで硬直していた。かまえないでほしくて、次期社長だという情報を事前に伝えなかったからだけど、あれだけ驚かせてしまうなら言っておけばよかったかもしれない。

 でも、父も母も驚きを過ぎると、それはもう大はしゃぎだった。
 特に母は、美貌の恋人にすっかり心酔していたと思う。父は父で、最後に自身の手で売った車の話で、凌士と盛り上がっていた。和やかな一日だった。

 一方の凌士の両親はといえば、こちらも拍子抜けするほど歓待された。
 如月モビリティーズほどの大企業ともなれば、一社員が社長に会う機会なんてほとんどない。それこそ、入社式以来のご尊顔。
 緊張に肩をがちがちに強張らせて対面したあさひだったが、思いがけず義母がふたりの肩を持ってくれたのだった。

『あさひさんが、凌士がずっと想っていた方ね? ……なんですか凌士、その顔は。凌士がひとりの女性に執着していることくらい、気づいていましたよ。だから見合い話を持ち出しても無駄だと、思い直したんじゃないですか』
『母さんは恐ろしいひとだな……』

 凌士は驚きを隠せないようだったが、とにかく凌士が言ったとおり、社長夫妻にも結婚を快く了承されたのだった。

「凌士さんのご両親にもあたたかく迎えていただいて、幸せです」

 思い出して頬を上気させると、凌士があさひの手を取った。

「ほら、公表しても問題ないだろう。もし問題が起きたとしても、俺が守ってやる。だからこれ以上、男を引き寄せてくれるな」

 手を包むように握られる。凌士の手も外気で冷えてしまっていた。
 あさひはぬくもりを与えるように、凌士の手をぎゅっと握り返す。

 凌士があさひの手ごと、自身のコートのポケットに手を突っこんだ。

(引き寄せたつもりはないけど。……って言ったところで、そういう問題じゃないよね)

「凌士さんとのこれからには、不安はないんです。ただ、仕事がしづらくなりそうなのが心配で」

 それに、夫婦でおなじ職場では周りもやりにくいのではないか。
 如月では話を聞いたことはないが、そのような場合、なかには夫婦の片方を異動させる企業もあるらしい。
 異動になるとしたらあさひのほうだろう。でもまだRS企画部にもきたばかりで、もう少しここで成果を出したい思いもある。

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