冷徹御曹司は想い続けた傷心部下を激愛で囲って離さない
「そんなことか、問題ない。ここだけの話だが……来期から、俺は本部長になる」

 凌士が繋いだほうと反対の手で、あさひの耳をするりと撫でる。凌士から贈られたピアスにも、優しい指先が触れる。

「つまり執務場所が、今のフロアから三十二階の役員個室に移る。働きにくさを感じる機会は少ないはずだ」
「おめでとうございます!」 
「ああ。どうだ、俺の婚約者は頼みを聞く気になったか?」

 甘く目を細めた凌士が、手を返してあさひの頬をひと撫でして離れる。

「……そう言われたら、断れないじゃないですか。でも、友人に話してからでいいですか? 前に話した、ディーラー研修時代に知り合った子です。そういえば、凌士さんが視察に行かれたお店に、彼女もヘルプで入ってたんですよ。ちょうど今週の金曜に、彼女と飲む約束をしてて」
「わかった。飲むのはいいが、飲み過ぎるなよ。場所はどこだ? 迎えにいくから、終わったら連絡しろ」
「大丈夫ですって! もう。女子会なんですから」
「泣き顔も見せるなよ。あれは、俺だけのものだ」

 あさひは頬を熱くしつつ、ふたたび「もう!」と形ばかり抗議してから、凌士の腕を笑って小突いた。



 いつもの中華ダイニングに着くと、先に席についていた絵美が手を振る。あさひは手を振り返して、窓際のテーブル席についた。

「料理は適当に頼んじゃった。なに飲む?」
「じゃあ、レモンサワーで」
「お、禁酒はやめたんだ?」
「飲んでもいいって言われたから。たまには、ね」 

 絵美がウーロンハイを頼みながらニヤニヤした。

「如月さんの承認制かあ、愛されてるっていうか囲われてるねー」

 料理とともに飲み物も運ばれてきて、さっそく乾杯する。
 電話では話したものの、絵美に前回会ったのは昨年の十一月の終わりだから、およそ三ヶ月ぶりだ。

「どれだけこの日を待ったか、わかる? あさひのメッセージを読んでから、そわそわして仕事にならなかったわよ。報告って、如月さんのことでしょ?」
「絵美ってば、鋭い」
「で? で? 付き合ってんでしょ? なにかあった?」

 あさひは口をつけていたレモンサワーをテーブルに置いた。
 絵美から電話があったときは、さほど詳しく話をするまもなかったのだ。
 あさひは意味もなくタイトスカートの裾をいじりながら、意を決して口を開く。

「凌士さんと……結婚することになった」

 絵美が食べかけの香菜とナッツのサラダを噴きそうになった。
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