冷徹御曹司は想い続けた傷心部下を激愛で囲って離さない
「そういえば婚約指輪はないの?」
「そっちはね――」

 実は、両家への挨拶を終えたその足で、凌士に連れられて婚約指輪を買いにいった。あとは内側の刻印が済めば、取りにいけばいいだけ。

 すぐに結婚するのだから婚約指輪は要らない、と一度は断ったけれど、これについては凌士も引き下がらなかった。

『俺が、俺の贈ったジュエリーを身につけるあさひを見たいのだから、拒否は受けつけない』

 なんとも勝手な言い分だけど、そこが凌士らしい気もする。もしかすると、あさひが遠慮するのを見越して、あえて強めに言ったのかもしれない。

 いずれにせよ、凌士の望みならあさひが突っぱねる理由もない。婚約指輪についてはあさひが折れた。
 凌士の選んだデザインは、ダイヤモンドが指輪の表面ではなく側面に埋めこまれた珍しいものだった。金額に目を剥きそうになったあさひを尻目に、即決された。

 ちなみに、職場でもつけろと言われている。

 ひととおりあさひを問いつめて満足した絵美が、さらにお酒とつまみを注文してしみじみと言う。

「ほんとよかったよね。あさひが自信を取り戻せたのは、如月さんのおかげだもん」
「……うん」
「そーんな可愛い顔しちゃって! 如月さんもお目が高いよ。そんな前からあさひに目をつけたなんてね。あーあー、私もその店にいたんですけど!」
「絵美」
「冗談よ、冗談」
「でも、実はちょっとふしぎなんだよね」

 あさひがつぶやくと、小籠包を口に入れた直後の絵美が、熱さに顔をしかめながら先をうながした。

「なに、どゆこと」
「新人の顔なんて、そんなに覚えてるものなのかな。たった一日だよ? しかもわたし、名乗りもしなかったし、名札だってなかったよ。凌士さんはどうやって、わたしが購買に配属されたって知ったんだろ」

 凌士の話を聞いたときにはさほど気に留めなかったけれど、よくよく考えるとふしぎだった。如月モビリティーズには毎年、数百人単位で新人が入社する。その中からたったひとりの名前を、どうやって知ったのだろう。

 如月家の御曹司とはいえ、当時はまだ他本部の部長職。人事から個人情報を聞き出すのにも無理があったはず。
 ふうふう言いながら小籠包を食べ終えた絵美が、こくこくと首を縦に振る。

「それなら私、心当たりある」
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