冷徹御曹司は想い続けた傷心部下を激愛で囲って離さない
「これ、なんか……薄くなってません?」

 マスターに尋ねたはずが、答えたのは凌士だ。

「酒はこれくらいにしとけ」

 いつのまにか、凌士がギムレットを薄めるように頼んでいたようだ。あさひはふわっと微笑んだ。

「ぜんっぜんですよ。まだいけますし、これじゃ物足りないです。マスター、作り直して……」

 カクテルグラスをカウンターの向こうへ押し戻そうとした手に、凌士の手が重なる。
 やんわりと止められ、あさひはどきりとしつつグラスから手を離した。凌士の手もあっさりと離れる。

「なにがあった? 言ってみろ」
「え」
「やけ酒なんだろう。購買から異動して二ヶ月か、問題が起きたか?」
「なにも……」

 あさひはもう一度、笑ってかわそうとした。
 ところが思わぬ鋭さで見つめられ、中途半端に笑いが強張る。

「……お付き合いしていたひとに、振られまして。浮気されていたんです」

 気がつけば、凌士に誘われるようにして、ぽろりと胸の内を零していた。
 鼻の奥がつんとする。あさひは目をしばたたき、冷えたカクテルグラスの脚をつうとなぞる。

「そこそこ順調だと思っていました。でもそんな風に思っていたのは、わたしだけでした。彼はとっくにわたしに飽きていました……それに」

 爪の先で、グラスを弾く。キン、という硬質な音が、まるで留めを刺すように聞こえる。

「……わたし、チーフなんて器じゃなかったんです」

 あさひはうなだれた。

「すみません、こんな話」
「いい。聞く」

 短くも、力強い。凌士は嫌そうな顔をせず、目線で話の先をうながした。
 あさひは胸につかえたものを絞りだす。

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