冷徹御曹司は想い続けた傷心部下を激愛で囲って離さない
 凌士はふと、肩に重みを感じて目を開けた。すすり泣きは止んでいるが、やけに静かだ。
 右肩に目をやれば、あさひがジャケットを被ったまま寝息を立てていた。

「おい、碓井」
「……」
「碓井、起きろ。家はどこだ」

 凌士はジャケットをめくった。あどけなさと色気が混在した、無防備な寝顔が覗いた。
 見てはならないものを見た気がして、凌士はジャケットを元に戻す。

「……ん」

 凌士の右肩に頭をもたせかけたまま、あさひが身じろぐ。長い髪がさらりと零れ、花のような甘い香りが凌士の鼻をくすぐった。
 妙な気持ちになりかけ、凌士は窓の向こうに視線をそらす。
 あさひは一向に目を覚ます気配がない。

「少しは警戒しろ。俺はもう、引き下がらないからな」

 凌士は胸の内の疼きを押さえつけ、タクシーの運転手に行き先を告げた。
 
     *
 
 ちゅん、ちゅん、とかすかに聞こえてくるさえずりで、あさひは目を覚ました。
 カーテン越しに差しこんだ光が、部屋を白く染めている。日が昇ってから、だいぶ経っているのだろう。

 頭が鈍器で殴られたようだ。
 あさひはこめかみを押さえ、よろよろと体を起こす。とたん、見慣れない景色に唖然とした。

 グレーを基調にした部屋は、寝室らしかった。
 天井からは洒落たペンダントライトが吊り下がり、東南に大きくとった窓にかかったブルーグレーのカーテンが、陽の光を透かしている。シンプルだが、壁際のチェストやベッド脇のテーブルが、部屋にあたたかみを添えていた。部屋の主の人柄だろうか。

 テーブルには、タブレット端末が無造作に置かれている。でも、ほかにはこれといったものがない。小物が雑然と飾られたあさひの部屋とは対照的だ。ほんとうに、寝るためだけの部屋という感じがした。

 まったく見覚えのない部屋だ。

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