冷徹御曹司は想い続けた傷心部下を激愛で囲って離さない
 頭ではわかっているものの、かといってドロドロの顔を見せるのもたまらなく嫌だ。すでに醜態をさらしている自覚があるとはいえ、それはそれ。

 髪もボサボサで服だって皺だらけ。とてもじゃないけれど、上司の前に出られる格好じゃない。謝るにしても、こんなんじゃ――。

「碓井……?」
「っ!」

 ソファのそばでおろおろと頭を抱えながら対応を考えていたあさひは、凌士の声に飛び上がりそうになった。
 起き抜けの気怠げな目が、あさひを見上げている。
 職場でのスーツ姿からのギャップにも妙な色気を感じてしまい、あさひは思わず目を逸らした。

「ああ……そういや、そうだったな……」

 凌士はソファに起き上がると、眉間を揉んだ。視線がみるみる険しくなっていく。
 怒るのも当然だろう。あさひは自分を殴りたくなった。

「碓井、体調は」
「申し訳ございませんでした!」

 気遣われたと気づくより早く、あさひは頭を膝につける勢いで思いきり下げる。重い鈍痛にうめきそうになったけれど、なんとか耐えた。
 なにより、雲上の人間を前にして恐ろしくて顔も上げられない。心臓が暴れ狂った。

「大変ご迷惑をおかけしました。心よりお詫び申し上げます……!」
「おい、碓井」
「失礼します!」

 あさひは周囲を見回し、ダイニングテーブルの椅子の背にかけてあったコートとバッグをひったくるように拾い上げる。
 凌士が背後で静止したような気もしたが、振り返る余裕もなく部屋を飛びだした。

 このときはまだ、このひと晩がふたりの関係をどう変えていくかなんて、知る由もなく。

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