冷徹御曹司は想い続けた傷心部下を激愛で囲って離さない
 その反発が表に出ないのは、凌士が御曹司だという理由ももちろんあるが、ひとえに彼がその反発を黙らせるほどの業績を叩きだすからだった。

 自動車事業本部と違って目先の売り上げに貢献しない事業開発本部が、毎年潤沢な予算を得られるのも、凌士の貢献によるところが大きい。

「あのひと、部下を駒としか思ってなさそ。ああいうのが会社のトップになるかと思うと、うちも終わりっすね」

 あさひはふたたび凌士を見やり、首をひねった。
 少なくとも、バーで話を聞いてくれたときも家でも、凌士はあさひに親身だった。部下を駒だとしか思わないのなら、適当にあしらったはずだ。

(むしろわたしは、あんな優秀なひとに、もっとも情けない姿を見せちゃったわけで……)

 心拍数が一気に跳ね上がる。思い出してはいけないやつだった。

「陰で潰されてる社員も多そうじゃないっすか。関わりたくないっすね。チーフはなんの用事があるんすか?」
「へっ? 用事なんかなにもないけど?」

 ぼんやりと凌士を見ていたあさひは、われに返ってパソコンに視線を戻した。

「いやだって、さっきからずっと見てるでしょ。なんか話すタイミングをうかがってる感じっつーか」

 あさひは動揺を隠し、なんでもない風を装った。

「まさか。小春日和だなって、窓の向こうを見てただけ。職場が三十階だと、ちょっとした展望台みたいで気持ちいいよね」
 駅前の一等地に燦然と建つビルの高層階フロアは、いずれも如月モビリティーズと関連企業で占められている。しかも、南西に向いた壁は総ガラス張りだ。眺望のよさは、ほかのビルでは味わえないものだと思う。
 あさひがとっさに逸らした話題に、手嶋はたいして興味もなさそうにうなずいた。

「だいたい、用件があるならまず部長に相談するでしょ。いきなり統括なんて恐れ多い」
「それもそうっすね」

 後輩はふたたび生返事をすると、仕事に戻った。あさひはほっとして、もう一度だけこっそり凌士に視線を向ける。
 奢ってもらって、送ってもらって……さらにはひと晩泊めてもらったというのに、あんなテンパった状態の謝罪の言葉だけでいいわけがない。

 かえって心象を悪くしたはずで、でもリカバリーしようにも今は業務中だ。

(というか、いっそ忘れてほしい……)

 思い出すにつけ、頭を抱えずにいられない。直接の上司ほど接点がないだけマシだとしても、相手が相手だけに気まずさが沸点に達しそうだ。

 でもそんな都合のいい展開になるわけもないし――と思考がぐるぐると迷走したとき、こちらを向いた凌士と目が合った。

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