冷徹御曹司は想い続けた傷心部下を激愛で囲って離さない
「っ!」

 あさひはとっさに目を伏せ、キーボードを叩いた。無意味な文字列がモニター上に並んでいく。

(びっ……くり、した……って、目を逸らしたらダメじゃないの)

 心臓がばくばくとうるさく騒ぐ。
 凌士の視線はまるで、あさひの心臓をも貫きかねないものだった。

 やはり、先日のあさひの態度が腹に据えかねているとしか思えない。
 動悸のする胸を押さえ、あさひはまた仕事のついでのようにさりげなく凌士の席を見やる。
 凌士はもうこちらを見てはおらず、よその統括部長と打ち合わせをしていた。

「ふーっ……」

 ふたたび自分の醜態がよみがえり、あさひは机に突っ伏した。
 ただでさえ印象が最悪なのだから、この上、できない社員だと思われてプロジェクトから弾かれる——なんて将来予想図は描きたくない。

(うん、もう一度きちんと謝ろう。お礼も伝えなきゃ)

 あさひはそう決めて勢いよく頭を上げた。打って変わって、猛然と仕事を始める。朝から一度も景とのことを考えなかったことには、最後まで気づかなかった。
 ましてそのあさひを、凌士が業務の合間にちらちらと見ていたなんて、完全に想像の外だった。


 
 如月モビリティーズはいわゆるホワイト企業の筆頭で、社員の労働時間は厳しく管理されている。
 特に本社機能のあるここでは、凌士が率先して早く帰宅することもあってか、社員も上司の顔色を気にせずに帰宅する習慣がついている。

「お疲れさまーっす」

 向かいの手嶋も、定時を過ぎると早々に帰っていった。資料のまとめ以外にも頼んだ業務の進捗については、ひと言の報告もない。明日には確認しないと。

 どっと疲れが肩にのしかかり、あさひはそれとなく凌士の席をうかがった。
 今日は珍しく、ほかの社員が次々に帰っていっても、凌士が席を立つ気配は一向に訪れない。

(忙しい? なら明日のほうがいいかな、でもこういうのは早いほうがいいし……)

 あさひが迷って席を立ったとき、ちょうど凌士も帰り支度を始めた。なんという偶然だ。
 あさひは素早く周囲に目を走らせ、こちらに注目する社員がいないのをたしかめる。怖じ気づく心を叱咤して、統括部長席へ向かった。

「統括部長、お急ぎのところ失礼します。少しお時間いただけないでしょうか?」

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