冷徹御曹司は想い続けた傷心部下を激愛で囲って離さない
 京都の企業との打ち合わせと会食を終えた凌士は、彼女は覚えてもいないだろう昔を思い返し、旅館へと向かうタクシーの中で苦笑する。
 窓の外を見やれば、寺社仏閣の夜間拝観とライトアップの案内板が目に入った。案内板には紅葉の写真が掲載されている。凌士の頭に、紅葉狩りでのあさひの楽しそうな姿が浮かんだ。

 同時に、そんな彼女を雑に扱い、酒に溺れさせるほどぼろぼろにした男の存在を思うと、何度でもはらわたが煮える。

 しかも彼女から仕事に対する自信まで奪うとは、いったいなにがあったのか。

 あの日、バーで泣き顔を見せられた瞬間、凌士の心は決まった。

(もう、あんな顔は俺がさせない)

 とはいえ、あさひにとって凌士は接点のほとんどなかった上司だ。やりすぎては、かえってパワハラだと思われる恐れもある。
 部屋に泊めた翌日に青ざめた彼女を見て後悔したときから、凌士にしては抑え気味に、様子を探りながら接してきたつもりだ。

 だが――。

『……わかりません』

 そう答えたあさひの潤んだ目を見た瞬間、自分でもどうかと思うほど心臓がつかまれたのだ。
 それでもかろうじてこらえたはずが、ぎこちない笑みで見送られた瞬間に我慢が振り切れた。

 軽く押し当てただけでふわりと形を変える、やわらかな唇。

 無自覚だろうが、しだいに潤んでいった大きな目。

 温度を上げる吐息。

(身も蓋もないが……抱きたくなるだろうが)

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