冷徹御曹司は想い続けた傷心部下を激愛で囲って離さない
 タクシーを降り、宿泊予定の旅館で案内された部屋に到着する。凌士はスーツを脱ぐのももどかしく、スマホを取りだした。
 夜の十一時だ。遅いかとも思ったが、エレベーターでの一件をあのままにしておきたくはない。コール音を五回繰り返してから、あさひが出た。

「――いま宿に着いた。寝ていたか?」
「いえ、起きてました。統……凌士さん、出張お疲れさまでした。あの、電話……ありがとうございます」

 心なしか緊張した声だ。夕方の件を意識しているのは明らかだった。

「行きたい場所は決めたか?」
「それは、はい。……凌士さんが楽しんでいただけそうなところ、思いつきました。凌士さんはいつが空いてますか?」
「明日」
「えっ」
「明日、協力会社と販売店を回ったら、直帰する予定だ。夜、会えないか」
「でも、夜からだと行けないかも。実はそこ、ガラス細工の工房で」
「それは別の日にしよう。今日は時間がなかったから、あさひの顔をじっくり見たい」
「なっ……凌士さんっ、なにをおっしゃるんですか。美人でもないのに、そんなことを言われたらますます変な顔になりますから」

 あさひの声が上ずる。スマホの画面の向こうであたふたする様子を想像して、凌士は笑った。

「あさひは可愛いだろうが。なおさら見たくなった」
「……からかってます?」
「いいや、今すぐ顔を見たいと思っている」

 絶句したあさひが、ふと声を落とす。
 さきほどまでと打って変わって、突き放すような口調だった。

「凌士さんは期待しろと……おっしゃいましたが、そんなの無理です。凌士さんならいくらでも素敵な女性を選べるのですから、わたしで遊ぶのはやめ――」

 凌士はあさひの言葉を最後まで聞かずに遮った。柄にもなく焦る。

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