冷徹御曹司は想い続けた傷心部下を激愛で囲って離さない
 凌士があさひの荷物も取りあげると、手を引いて歩きだす。離してもらえる気配はなさそうだ。戸惑ったものの、あさひはけっきょく振りほどかなかった。鼓動がとくとくと、普段より速いリズムを刻む。

 ごつごつとした手は秋の夜の空気をまとって、ひんやりしていた。あさひはあたたかさを分け与えるようにして、握る手にほんの少し力をこめる。

「京都はいかがでした? 紅葉は見られましたか?」
「いや、あいにくその時間はなかったな。あさひと紅葉狩りをしたのが、今年の唯一になりそうだ。来年に期待しよう。京都なら春もよいな」

 言いながら、凌士が指を絡めてくる。
 深く手を繋がれ、あさひは動揺を押し殺す。

「桜が綺麗なんでしょうね」
「有給を申請しとけ。合わせる」

 一瞬、呼吸が止まりかけた。

「そんなこと、さらっと言わないでください」
「あさひと見れば、より綺麗に思えるのだろうな」
「~~~っ」

 あさひはたまらず、繋いでいないほうの手で顔を覆う。

「どうした」
「なんででしょう……凌士さんが平然としているせいで、自分がわからなくなります」

 凌士が話を進めるほどに、困惑が膨らんでいく。
 胸がざわめくのにも、どこかしら罪悪感めいたものが湧き上がる。

 でもいちばん困るのは、あまりに凌士が平然とかまえているので、困惑を覚えるほうがおかしいのかもしれないと思ってしまうことだ。

 ……要するに、あさひは混乱していた。

「考えすぎるとろくなことにならないぞ。もっとシンプルに捉えろ、俺といるのは嫌か」
「いえ」

 あさひは即答した。考えるまでもなかった。

「なら、その感情のまま自然でいればいい。それより飯、食うか。どこがいい」

 改札を出るために手が離れ、出てすぐにまた手を繋がれる。
 ロータリーに停まっていたタクシーに乗りこんでからも、凌士の手は離れなかった。

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