冷徹御曹司は想い続けた傷心部下を激愛で囲って離さない
 行きつけの中華ダイニングに案内すると、凌士は陽気なBGMと人々のざわめきが満たす広い店内を物珍しそうに見回した。

「うるさかったですか?」
「いや、会食は個室ばかりだったから新鮮なだけだ。悪くない」

 凌士はビールを、あさひはウーロン茶を頼んで乾杯する。

「ここ、友人とよく来るんです。友人は、セールスのほうに勤めてて、わたしが新人研修で配属された店舗で一緒になってからの仲で」

 セールスと呼ぶだけで、凌士にはディーラーのことだと察しがついたようだ。
 凌士なら、如月モビリティーズ本体の新入社員が皆、一定期間の新人研修をディーラーで受けることも承知しているだろう。

「研修時代は、根拠のない自信がたっぷりあって、自分はもっとやれると思っていましたね。晴れて如月もビリティーズの一員になって、これからがんがん働くんだ、って」
「あさひはなぜうちを志望した?」
「父が、セールスに勤めていたんです。万年、平社員でしたけど。病気を患って早期退職したんですが、父はしょっちゅう如月の車の自慢をしてました。特に、現役時代の最後に売った一台は父に特別だったみたいで、何度聞かされたか。でも……そんな風にいつまでも記憶に残るような一台を作る一員に、わたしもなれたらいいなと思ったんです」

 あさひが車種を告げると、凌士が「ほう」と眉を動かした。

「俺が最初にエンジン開発を手がけた製品だな」
「すごい偶然! 父に話したら喜びます」
「俺もお父上と話してみたいな。製品を愛してくれた感謝を言いたい。あさひが夢を持ってうちに入社したことも、お父上に感謝しよう」
「そうですね」

 夢を持って入ったはずの会社だった。けれど、新人研修で配属されたセールスの店舗は、父親の話に聞いていたものとはぜんぜん違った。

 どうせ三ヶ月で本体に戻る「お客様」として、あさひたち新入社員はろくな教育も施されずに店舗の隅に放置された。
 自信とやる気があっただけに、落胆は大きかった。
 セールスの新人である絵美には指導がつくのに、あさひたちは掃除くらいしか任せてもらえない。鬱屈を溜めたのはあさひだけではなかった。

 でも、絵美がいたから乗り切れた。

「わたしが今も如月で働けているのは、父と絵美……あ、友人のことですけど、彼女のおかげです。思えば、配属された店の店長にもお世話になりました」

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