冷徹御曹司は想い続けた傷心部下を激愛で囲って離さない
 研修期間中、あさひがセールスの店長と接する機会はほとんどなかった。
 けれど、あさひは大事なことを店長から教わったのだ。かけられた言葉は、今も仕事に対する姿勢の中心にある。
 入社時を懐かしんでいたあさひは、凌士の視線がじっと注がれているのに気づいてわれに返った。

「わたしばかり話してましたね。お料理が冷めちゃいますよ、食べてください」
「興味深かったぞ」

 あさひは次々に料理を注文しては、凌士の前に置いていった。昼を食べ損ねたという凌士は黙々と、だが気持ちのよい食べっぷりで平らげていく。
 凌士は店員を呼び止めると、おすすめを尋ねてそれも追加で注文する。店員が嬉しそうにして下がった。

 凌士はこの店の料理が口に合ったようだ。自分の好きなものを好きになってもらえるのは、単純に嬉しい。
 いつしか、あさひも自分でびっくりするほど食べて笑っていた。

 あっというまに料理を平らげ、何杯目かの空のジョッキを置いた凌士が、あさひのウーロン茶に目をやった。

「ほんとうに飲まなくてよかったのか?」
「気を抜くと、みっともないところを見せてしまいそうですし」
「俺の前でなら一向にかまわないが。まあそうだな、今夜は眠りこまれても困る」

 空気が唐突に濃密になった気がして、あさひははっと凌士を凝視した。

「今夜は、俺の部屋に来い」

 凌士が、次期社長の正しい傲慢さでもって命令する。
 ひたりと見つめ返す目が、欲をはらむ。

 体じゅうの血が、温度を上げていく。

 鼓動が騒いで、視線ひとつで心が乱れる。なのに、目を逸らすこともできない。

 同意をためらうくせに、拒否しようとは微塵も思わなかった。そんな自分が信じられない。

(わたし……凌士さんを……?)

 目の奥がじわりと熱くなる。

「決まりだな」

 行くか、と凌士があさひの手を取った。
 
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