冷徹御曹司は想い続けた傷心部下を激愛で囲って離さない
     *

 首から下げたIDカードでセキュリティーを抜けると、凌士は会議室のひとつに足を踏み入れる。あとをついていったあさひは、中を見回してにわかに緊張した。
 革張りの椅子が円卓を囲むように並べられている。本来はあさひが入ることのできない、役員専用の会議室だ。

「先日の打ち合わせの件でしたら、今日にでも企画書をお出しできますので——」
「いや、その件じゃない」

 凌士は会議室のドアに内側からロックをかけると、あさひを上座のある窓際へ来るよう指示した。

「では、どの業務の件でしょうか。それとも新規ですか?」

 役員しか入れない会議室で朝一番に、しかもロックまでかけての話となると、どれほどの重要案件なのか。あさひは窓を背にして立つ凌士の前で、両手を握り合わせる。

 凌士は前置きもなく切りだした。

「あさひ、結婚しよう」

「………………はい?」

 あさひは目をしばたたいた。
 凌士の言葉の意味を理解するのに、数瞬の間があった。

「統括? すみません、それはいったいどんな業務でしょうか……」
「業務とは関係ない。俺たちは結婚するのがいい。それも至急でだ」
「えっ…………と?」

 ふたりきりにも関わらず、あさひはつい左右を確認した。
 背もたれつきの黒い革張りの椅子がずらりと並ぶのは、たしかに役員会議室だ。隅にはあさひの背ほどの丈の観葉植物の鉢植え。天井には、スクリーンが格納されている。

 間違いなく、職場だ。

(なのに、業務じゃない? 結婚? 凌士さんとわたしが? あ、ひょっとして忘年会の余興?)

 思考がままならなくて、支離滅裂になってしまう。喉の渇きを覚え、あさひは唇を舐めた。
 心臓の音が大きさを増し、鼓膜をも突き破りそうだ。

「……統括、なにがあったんですか?」
「今は統括じゃない。凌士だ」
< 64 / 116 >

この作品をシェア

pagetop