冷徹御曹司は想い続けた傷心部下を激愛で囲って離さない
 凌士はあさひの手からコップとスポンジを取りあげると、手早く泡を洗い流す。シンクに置いたほかの食器も次々に洗っていく。

「やっぱり、俺の部屋へ行こう。ここは気分がよくない」

 唐突な話にあさひが首をかしげると、凌士はあさひの手についた泡も洗い流し、手を絡めてきた。

「前の男も触ったんだろう。このコップも、皿も。ベッドも。気分が悪い。ここは引き払って俺の部屋へ来い。籍も早急に入れよう」
「そんなの、もう終わったことで」
「だが、未練があるんだろう。だからうなずかない」
「違います! 今は凌士さんだけです。ほんとうに」

 プロポーズを保留にする理由を誤解され、あさひは声を上ずらせた。
 凌士のおかげで、未練を断ち切ることができた。
 部屋ごと変えるのはお金の問題で諦めても、あさひは思い出のあるものはすべて捨てていた。
 それも、凌士がいたからだ。

「それでも不快だ。今日から来い」

 凌士は片手であさひの腰を抱えると、玄関へ向かう。
 引きずられるようにしてついていきながら、あさひは焦って凌士の胸を押した。

「凌士さん、待って、なんでこんな突然……?」
「気持ちが通じ合えば、ごく自然な流れだろう。結婚したいと思うのに、時間は無関係だ」
「そうかもしれないですけど、それにしたってまだ凌士さんと親しくなってから二ヶ月も経ってませんし……っ」

 あさひは、なおも引っ張る凌士の胸を思い切り押す。ようやく凌士が足を止めたものの、その顔にはかすかな苛立ちが覗いていて、あさひはどきりとした。「鋼鉄の男」の片鱗を見せられた気がする。けれど、あさひは怯みかけた気持ちを奮い立たせた。

 結婚なんて、一生を左右する大ごとだ。
 簡単に流されるわけにはいかない。凌士のためにも。
 凌士も冷静になれば考え直すに違いない。あさひはともかく、凌士は如月モビリティーズの次期社長だ。背負っているものの重みが違う。

< 66 / 116 >

この作品をシェア

pagetop