冷徹御曹司は想い続けた傷心部下を激愛で囲って離さない
 会社や家族のことを考えれば、勢いだけで結婚を決めていいはずがない。
 これが職場の別の女性――たとえば結麻だったら、玉の輿だと喜んでその場で同意するだろう。
 けれど、あさひにはその思い切りが持てなかった。凌士に頭を下げる。

「とにかく、まずは頭の中を少し……整理させてください」
「期限を言え。いつになれば整理できる」
「……年明けには、きっと」

 外を歩けば、たちどころにクリスマスソングが聞こえてくる季節だ。夜道には華やかなイルミネーションがきらめき、誰もが迫りくる年の瀬にあたふたとしつつも、どこか心を浮き立たせている。
 あさひも降って湧いたプロポーズの件がなければ、初めての凌士とのクリスマスをどう過ごすか、胸を弾ませていただろう。

「わかった。そのときには返事をしろ。いい返事しか聞かんが」
「もう! 思うことをきちんとお話しできると思いますから、ぜんぶ聞いてください」
「……わかった。ただし、それまで会わないのはナシだ」

 凌士があさひをつかんでいた手を離す。
 あさひはほっと息をついてから、まだ眉間に皺の残る凌士の腕に手を添えた。

「じゃあ……凌士さんの家に行きます? わたしも、ここより凌士さんの家のほうが落ち着くかなって」
「機嫌取りか」

 凌士が早くも破顔する。

「それもありますけど、このままで今日お別れするのはちょっと……寂しいです」

 混乱は収まらないけれど、結婚は別として気持ちが離れたわけじゃない。

「来い。俺のほうがそう思っている」

 凌士が口の端を上げて、あさひに荷物を持ってくるよううながす。あさひはほっと笑って用意を済ませ、玄関で待つ凌士の元に取って返した。 

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