冷徹御曹司は想い続けた傷心部下を激愛で囲って離さない
「待ってください! まだその件は……」
「整理がつかないか? そのための材料は必要だろう。とにかく聞け」

 あさひの抗議もむなしく、凌士は雑踏を歩きながら滔々と続ける。心持ち、手を繋ぐ力が強くなる。

「結婚は契約で、契約には双方の利益が必要だからな。それでさっそくメリットだが。まず、俺と結婚すれば経済的な不自由は味わせないと約束できる。それから、結婚して家庭に入るのも仕事を続けるのも、あさひの自由にしていい。難癖をつける親族は出るかもしれないが、しょせん外野だ。俺が黙らせるから心配するな。子どもも、あさひが嫌なら無理に作らなくてもいい」

 子どもに囲まれていた凌士を思い返し、気づけばあさひは疑問を口にしていた。強引に話を進めていく凌士に、困惑は消えないものの。

「跡取りを期待されないんですか?」
「否定はしない。俺の両親も、跡取りをもうける前提での見合い結婚だからな。母親にはそれなりにプレッシャーがあったかもしれない。だが、少なくとも両親は俺の意思を尊重してくれている。弟もいるしな。どちらかに子ができればいいと思っているのだろう」
「弟さんがいらっしゃるんですか。おいくつですか?」
「四つ下だ。家ではほとんど二人きりだったから、兄弟仲はいいぞ。気の優しいやつだ。今はヨーロッパのグループ会社に出向している。今年のクリスマス休暇は恋人の家族に会うらしくて、日本には帰らないが。機会があれば会ってくれ」
「ぜひ。楽しみです。わたしはひとりっ子なので、兄弟がいるのが羨ましいです」
「結婚したら義弟ができるぞ」

 凌士がすかさず言う。「どうだ、メリットがあるだろう」といわんばかりだ。返す言葉に困る。
 繋いだ手ごと、凌士が自身のコートのポケットに入れる。その温もりに胸がきゅうっとする。

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