冷徹御曹司は想い続けた傷心部下を激愛で囲って離さない
「両親はエネルギッシュなひとたちでな、嫁になにかしてもらおうなんて思わない人種だから安心しろ。金銭面も親類縁者も、障害はない。デメリットは、公人としての活動でプライベートを制限されがちだという点と……」

 そのとき凌士を呼ぶしわがれた声がして、あさひたちは足を止めた。

「奇遇だなあ。お父上は相変わらずかい?」

 いかにも好々爺といった雰囲気の男性が、雑踏をかき分けてやってくる。
 凌士が挨拶を返し、あさひも隣で目礼する。老爺はあさひには一瞥もくれなかった。

「凌士くんもすっかり企業の顔といった風情じゃないか。これはいつでも代替わりできそうだな」
「まだまだ若輩者ですよ。これからも先生のご指導が必要です」
「ああ、いつでも来たまえ。君なら大歓迎だよ」

 凌士が「昔から懇意にして頂いている代議士先生だ」とあさひに素早く耳打ちする。あさひははっと姿勢を正した。
 あらためて、凌士が日本を代表する企業の次期社長であるという事実が胸に迫る。

 代議士は最近の政財界について自身の鬱憤をぶつけ始める。あさひはしばらく、相づちを打つ凌士の隣で所在なく立っていたが、ふいに凌士の手が離れた。

 凌士は如才なく代議士の相手をしながらも、手振りで「離れていい」と伝えてくる。
 けれど、あさひは少し考えてその場に留まった。

 気づいた凌士が、さきほどより強くあさひの手を握る。その振る舞いで、ようやく代議士はあさひに目を向ける。舐めるような視線に、あさひは笑みの下で体を硬くした。

「そちらのお嬢さんは? 凌士くんのオトモダチかね?」

 ねっとりした口調だ。

「はは、先生のお心に留めておいてください。なんとか、いいひとになってもらおうと追いかけているところですので」

 凌士が言いながら、さりげなくあさひを背後に庇う。あえてあさひを紹介しないのも、あさひの負担になる可能性を考えてくれたからだろう。

「そんなことを言っても、君ならどんな美人でもハエのように寄ってくるだろうから、気をつけるんだよ」

 あさひが顔をひきつらせるより早く、凌士が一歩前に出た。
 それまでの当たりのよさが嘘のように、冷ややかな顔だ。

「先生といえども、彼女への中傷はお控えいただきたい。場合によっては先生とのご縁も考えさせていただくほど、大事な女性です」
「これはまいったな、いやあ、凌士くんににらまれると怖いよ」

 笑って形ばかり謝ると、彼は「お父上にもよろしく」と悪びれた様子もなく去っていった。

「悪い。不快にさせた。ああいう人間は、二度とあさひに近づけない」

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