冷徹御曹司は想い続けた傷心部下を激愛で囲って離さない
 いっときの勢い、なんてちらっとでも考えたのが申し訳なくて、目の奥がつんとする。

「だからって、もう結婚なんですか……凌士さんの思い切りがよすぎて、驚いちゃいます」

 前の恋が終わったあと、あさひは凌士に口説かれても戸惑いしかなかった。応じることへの怯えのほうが大きかった。
 凌士に傾いていく心の変化と、誰かと付き合えばまた傷つくかもしれない怖さのあいだで、身動きが取れなかった。

 景の不実にあれほどショックを受けたくせに、さほど時間の経たないうちに心変わりした自分へのうしろめたさだって、ないとはいえなくて。

 それでもやっとそれらを含めて、自分の気持ちを受け入れた。凌士に飛びこめた。

 そんなあさひにしてみれば、結婚は一足飛びにしか思えなかった。

「思い切りるほどのことじゃない。そうしたいと思ったから行動する」

 はからずも、前に絵美が話していた「猛禽類」という言葉を思い出す。まったくそのとおりだ。スピード感からして凌士とあさひではまったく違う。
 ひょっとして、ガラス細工の工房で出会った女性も、付き合い立てでプロポーズされたときはこんな気分だったのかもしれない。

「迷いは?」
「あるはずないだろう。俺には、あさひ以外は考えられない」

 ふたたびきっぱりとした答えが返ってきて、あさひは感心しつつもため息を零した。
 凌士は強い。自身の選択になんの迷いもブレもない。弱気になるのは、あさひを傷つけたのではないかと思うときだけ。

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