冷徹御曹司は想い続けた傷心部下を激愛で囲って離さない
     *
     
 仕事初めの定型挨拶が一段落しても、フロアにはまだどことなく浮ついた雰囲気が漂う。
 社員が正月休みをどう過ごしていたか、あちらこちらで雑談が交わされる。出払っているのは、営業部くらいだ。年始の挨拶回りだろう。

 凌士は休みのあいだに溜まったメールを処理しながら、それとなくあさひの席へ視線を飛ばす。
 さきほどから、不服をにじませた声があさひに向けられていた。

「おれは言われたとおりやりました。今ごろになってご自分の指示不足を棚に上げて注意されても困るんですけど」
「……わかった。取り急ぎ、会議まで時間がないのでこの部分だけ直してくれる?」

 あさひが一見、落ち着いた表情で部下の男性をいなしている。あれは手嶋だ。あさひが手を焼いているという、体格と態度だけは大きい部下。

「無理です。おれも時間がないんで。別の人間を当たってください」

 手嶋は、上司であるあさひにも傲然とした態度を改めない。しかし注意深く耳を傾ければ、単なる責任逃れでしかなかった。

「――統括、問題点でもありましたか?」

 顔を上げると、他部署の部長が凌士の顔色をうかがっていた。凌士は彼が提出した手元の資料にふたたび目を落とす。

「いや、特にない」
「そうですか。最近の統括は丸くなったと噂していただけに、今日は久々に吊し上げられるのかと構えてしまいましたよ。では別件で気がかりでも?」
「……いや。そんな顔をしていたか。気をつける」

 資料を部長に戻して下がらせ、凌士もパソコンに目を戻す。ちょうど昼休憩の時間になり、大多数の人間がぞろぞろと連れ立った。しかし、あさひはいつまでも自席に残っている。凌士も仕事をしながら、その様子に目を配る。

 しばらくしてあさひが席を立つのが目に入り、凌士も立ち上がった。
 あさひが今にも泣くのではないかと思った。

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