冷徹御曹司は想い続けた傷心部下を激愛で囲って離さない
 あさひがカラ元気を消してうなだれると、頭にぽんと無骨な手が置かれた。その手がするりと髪を撫で、耳朶に触れる。
 その手に思わず頬をすり寄せたあさひは、次の瞬間、電子音にはっとして体を離した。三階でエレベーターが開く。外に昼食を取りにいくのだろう、別会社の社員が一気に乗ってくる。
 
 あさひは凌士に腰を引き寄せられた。

 肩が跳ねたけれど、あさひはそれを表情には出さないようにして凌士とともに壁際まで下がる。手は腰に添えられたままで、じわりと頬が熱くなった。

 しかしあさひが口を開く前に、凌士はスーツの内ポケットから社用のスマホを取りだした。着信があったらしく、スマホを耳に当てる。

「――ああ、すぐ戻る」

 電話の相手と仕事の話を続けながら、凌士が目で謝罪を告げてくる。あさひは笑顔で首を横に振った。
 職場ではふたりの関係は明かしていないのだから、変に外でふたりのところを見られるような危険をおかさずにすんでよかったのだろう。

(残念だけど……しかたないよね。もう少し、話したかったな)

 凌士が電話を終えるのと同時に、エレベーターが一階に着く。凌士は下りずに職場へ戻るのだろう。

「じゃあ、失礼します。統括もお昼はちゃんと取ってくださいね」
「碓井」

 最後に下りかけたあさひの肩を、凌士が引く。そのままうなじに唇が触れたかと思うと、手のひらにひやりとした感触を覚えた。
 鍵だ。

「先に上がっていていい。年が明けた、返事を聞く」

 あさひは手の中の鍵と凌士をまじまじと見比べた。無意識に息をのみこむ。

(今夜、いよいよ……)

 ひとが乗りこんできたため、慌ててエレベーターを降りる。閉じかけた扉の向こうで、凌士がいつになく強い視線をあさひに向けた。
 
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