冷徹御曹司は想い続けた傷心部下を激愛で囲って離さない
 胸の内がぐちゃぐちゃだ。

 あさひは吐き気を押し戻すように、グラスの中身を勢いよく喉の奥へ流しこんだ。ちりっとわずかに刺す刺激とともに、頭がくらりとする。

(しかも昇進がその(つぐな)いだった、って)

 そんなものは、なんの償いにもならない。
 むしろ、仕事があるのだと自分を鼓舞したのすら見当違いもいいところで、考え始めると思考が暗く沈むのを止められない。

 あさひがお代わりを催促すると、マスターが新しいギムレットとともに、チェイサーのグラスを置いた。
 ムッとしてチェイサーを押し返し、あさひはふたたび酒に口をつける。

(最初から、間違ってたのかも)

 頭がぐらぐらする。
 仕事を教わって、景を慕った。その感情を恋と名付けたのが、間違いだったのかもしれない。
 考えれば考えるほどわからなくなる。

 あさひが思考を飛ばすようにしてギムレットを呷ったのと、年代物だろう黒塗りの扉が開いたのは同時だった。

 なにげなくそちらを見たあさひは、入店した人物に目を留めた。

 真っ先に目を惹くのは、ひと目で上質だとわかるスリーピースのスーツを着こなした、スタイルのよさ。なかでも、脚がすらりと長い。
 引き締まった肉体を感じさせる、肩の辺りのライン。ととのった鼻梁に、いっそ近づきがたい雰囲気すら感じる切れ長の目。シャープな輪郭を描く、面長の顔。どれをとっても、彫像めいた美しさだ。

 なにより、全身から放たれた威圧感とも威厳ともいうべきオーラに圧倒される。あさひはこっそり息をのんだ。
 切れ長の目が、鋭く店内を見回す。その目と視線がぶつかったとたん、あさひは顔を強張らせた。

如月(きさらぎ)統括部長……」

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