冷徹御曹司は想い続けた傷心部下を激愛で囲って離さない
「焦るな、扱いづらい部下はどこにでもいる。あれくらいで気に病むな。チーフ職を与えられた自分を信じろ」
「それができたらどんなに……っ」

 とっさに声が上ずり、あさひははっとして口ごもった。
 食器を手にして逃げるようにキッチンへ立つと、凌士の声が追いかけてくる。

「あさひは最初からそうだったな。『立場に見合う実力もない』だったか。なにがそれほど、あさひを頑なにしている?」

 景の声が頭に鳴り響く。あさひのなかにまだ残っている、トラウマ。

『だから悪いと思って、君にはチーフのポストをあげたんじゃないか。君だって指輪より、昇進のほうが嬉しかっただろう?』

(景が別の会社のひとなら……)

 浮気の償いで昇進しただけだったと、凌士に吐き出せたかもしれない。けれど自社の次期社長に対して、社内の人間が権限を濫用したと打ち明けるのには慎重にならざるを得なかった。未練はなくても、いっときは恋人だった相手だ。もしも景になんらかの処分が下ればと思うと、二の足を踏む。

(――ううん、違う。わたしは意気地なしで)

 不当な昇進をしたあさひ自身も、凌士に失望されそうで。
 だからせめて、中身が器に追いついてからでないと怖い。
 あさひは唇を噛んだ。

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