冷徹御曹司は想い続けた傷心部下を激愛で囲って離さない
「なにもありません。ただ、自分に納得してから凌士さんに応えたいんです。だから今はまだ……お受けできません」
「それが、結論か」

 隣にきた凌士が、食べ終えた皿をシンクに静かに置く。どきりと心臓が跳ねる。

 あさひに向き直ったとき、凌士は表情の読み取れない顔をしていた。

「凌士さんはなにも悪くなくて、わたしの心の問題なんです」
「強情め。その様子では、婚約だけでもと言っても、(かせ)になるのだろうな」
「ごめんなさい……っ。都合のいいお願いをしてる自覚はあります」

 うまく伝えられないもどかしさに、あさひはとっさに凌士の腕をつかむ。

「自分に納得とやらができれば、俺と結婚するのか?」
「そのときは、はい。凌士さんを支えさせてください」

 凌士の返事がない。愛想を尽かされたかもしれない。
 祈るような気持ちで、あさひはさらにぎゅっと凌士の腕をつかむ。

「……面倒な女だな。なにも考えずに俺のところにくれば、守ってやるのに」
「面倒なりに、わたしだって凌士さんを好きなんです。だからわたしも凌士さんを守りたい。守る力がほしい。そこは譲れません」
「俺は守られたくて結婚するわけじゃないぞ」
「わたしもです」

 長い沈黙のあと、凌士が重い息を吐きだした。

「……俺の負けだ。あさひのそういうところも可愛く思う自分が、腹立たしいな」
「凌士さん」
「一刻も早く、自分に納得できるところまで来い。俺を待たせるな。俺は気が長くない」
「はい……!」

 シンクの縁に置いたほうの手に凌士の手が伸び、うながされるままあさひは指を絡める。
 胸が甘く鳴って、あさひは自分から凌士の胸に飛びこんだ。
 迷ってばかりのあさひを、凌士は受け止めてくれる。こんなひとは、きっとどこにもいない。

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