冷徹御曹司は想い続けた傷心部下を激愛で囲って離さない
「碓井は決して器用ではありませんが、努力家でしょう。僕も、何度も食らいつかれましたよ」

 野々上が懐かしむように言う。
 胸の内がわずかに乱されるのを、凌士は自覚した。

「目をかけておられたように見受けますが、なぜ碓井を外に出したのですか? 彼女なら、購買部内でも重宝したでしょう」

 野々上を誘ったのは、その話が聞きたかったからだった。部下の抱える問題を把握しておくのは、業務の範疇だ。それが仕事がらみなら、なおのこと。

 チーフとしての働きができるまで待ってほしい、と凌士のプロポーズにも頑なに首を縦に振らなかったあさひに、なにがあったのか。

 少なくとも、凌士があの日バーであさひを見かけるまでは、あさひはそれなりに自負を持って業務をこなしている風だったのだ。

(なにがあさひから自信を奪った?)

 知るには、彼女の元上司であるこの男に聞くのが手っ取り早い。

「ええ、ですから後悔しています。そのときでもないのに昇進させるのではありませんでした。実際、今からでも僕の下に戻したいくらいで――」
「そのときでもないのに? どういう意味です」

 凌士は野々上を遮った。刺すような低い声が口をつき、野々上が苦笑を中途半端に止める。

「いえ、それはこちらの話で」
「碓井の昇進には、こちらには明かせない事情がありそうだ。それはぜひ聞かせてもらいたい」

 ごまかそうとした野々上の顔が強張る。
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