冷徹御曹司は想い続けた傷心部下を激愛で囲って離さない
「お前は、碓井の仕事に対するプライドを潰しかけた。そのせいで彼女は今も苦しんで、本来の能力を発揮できていない。じゅうぶんにチーフとしてやれるだけの実力も、直属の部長からの評価もあるのにだ。その痛みがわからないお前に、彼女を手に入れる資格はないな」

 目の奥がじわりと熱い。なにかが止めようもなく、胸にこみ上げてくる。

 凌士が、つかんでいた景の胸ぐらを突き放したのだろう。椅子が倒れた音にあさひが思わずパーティションから覗きこむと、景がカフェテリアの床に無残に尻をついていた。
 派手な音と不穏な雰囲気に気づいた周辺の客が、ふたりに視線を向ける。数は多くないとはいえ、これ以上、大きな騒ぎになるのはまずい。

 あさひはふたりに割って入ろうと、パーティションの身を乗りだす。
 そのときだった。

「――彼女は、俺がもらう。お前にはなにがあっても渡さない」

 きっぱりと言い放ち、その場を去ろうとした凌士が足を止める。
 目が合った。

「碓井」

 凌士が目をみはった。

 だしぬけに、その胸に飛びこみたい衝動が喉元まで膨れあがる。
 あさひは凌士の目を見つめたまま、手を握りこんでその衝動をこらえた。まだ職場だ。

「統括……いえ、凌士さん」

 代わりにあさひは微笑んだ。それだけで凌士には伝わったらしい。「ああ」という短い返答が優しかった。
 あさひは、よろよろと立ちあがった景に向き合う。

「野々上課長には、たくさん指導していただきました。そのことは忘れません。課長に裏切られなければ、今も課長をお慕いしていたかもしれません。でももう遅いです。課長の贖罪だとか保身に、わたしの仕事を傷つけられたくなかった。わたしはわたしの努力を認めてほしかった。でも……やっと吹っ切れました。もうわたしも負い目なんて捨てます。利用してやります。ですから……これからも仕事で、どうぞよろしくお願いします」

 配属直後で右も左もわからなかったあさひに、景は仕事を教えてくれた。けれど仕事を覚えたあさひは、景の庇護対象じゃなくなって。
 仕事を頑張ってきたことまで、否定されたようで苦しかった。チーフという職位こそが、否定の証だった。
 でももう、今のあさひはぜんぶ飲みこんで、これまでの自分も肯定できる。

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