冷徹御曹司は想い続けた傷心部下を激愛で囲って離さない
「お世話になりました」

 あさひは一礼し、凌士に続いてカフェテリアを出た。結麻が凌士とあさひの関係に目を丸くしたけれど、すぐにおぼつかない足どりで景の元に向かう。
 これから景と結麻の関係がどうなるかなんて、あさひにはどうでもいいことだ。あさひは彼女がするに任せる。

 あさひたちは三十階の職場に戻った。けれど、フロアのセキュリティーを開けようとした凌士を、あさひはエレベーター脇の非常階段にうながした。

「碓井?」
「……少しだけ、お願いします」

 重い扉を開けると、開閉を感知して薄暗い非常階段に照明がつく。暖房の行き渡らない階段は冷え冷えとしていた。
 凌士が後ろ手に扉を閉めるのを待って、あさひは凌士の腕に手を伸ばした。

「凌士さん、抱きしめてもらえますか?」
「あさひから甘えてくるのは珍しいな」

 凌士がふと笑って腕を回す。
 優しくも力強いぬくもりに包まれ、あさひはその胸に頬をすり寄せた。

「さっきは、ありがとうございました。……嬉しかった」
「事実を言ったまでだ。あさひに聞かせるつもりはなかったんだが」
「いえ、聞けてよかったです。凌士さんが、わたしのためにしてくださったことだから」
「あの男があさひの元恋人か。……昇進の件を俺に言わなかったのも、あの男を庇ったからだろう。気分が悪い」

 あさひが思わずぎゅっと凌士にしがみつくと、凌士が強く抱きしめ返す。
 嫉妬がうかがえる口調に、胸が甘く高鳴った。

「それも否定しませんけど……それよりも、昇進の経緯を凌士さんに知られて、失望されるのが怖かったんです」
「なにに失望するんだ?」
「わたしにですよ」

 凌士は本気でわからないという顔をした。

「伸びしろのある部下に期待こそすれ、失望する上司がいるか? 器に見合った実力を身につけると言ったのを、覚えてるぞ」

 あさひは安堵と喜びで胸がぐちゃぐちゃのまま、深く息を吐いた。顔を上げ、凌士のまっすぐな視線に尋ねる。

「期待して……くださるんですか?」
「あさひには、期待させるだけの能力があるからな」

 景と別れたときから、(とげ)が胸に刺さったままだった。
 その棘が今、すっと抜けていく。

「今度こそ、そうします。凌士さんの……いえ、統括の期待に応えます」
「言い切ったな。いい傾向だ。そういえば、新人のときもそうだったな」

 え? とあさひは思わず体を離して凌士を凝視した。

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