冷徹御曹司は想い続けた傷心部下を激愛で囲って離さない
あの客はおそらく、相手を試すような質問をあえてしている。凌士には客の表情でわかるが、経験の浅い彼女にわかるはずもない。
新人にありがちだが、知識もないのになんとかしなければと必死で、表情を保てなくなっているのだ。明るさが失われていた。
凌士はさりげなくふたりの前へ進み出ると、客に頭を下げた。
「お困りごとでしょうか。店長の私が承ります」
言いながら、さりげなく彼女を一歩下がらせる。
客は店長と聞いて溜飲を下げたのか、険しかった顔を瞬時に崩した。彼女にも投げたであろう質問を凌士に繰り返す。凌士がそのすべてに澱みなく答えると、客は大笑いした。
「いやあ、社員がこんなことも知らないのかと如月の未来を憂いてしまったが、君のような店長がいるなら、まだ大丈夫そうだ。ありがとう」
商談には至らなかったが、客はまた来ると行って帰っていく。凌士は店の前まで出て、新人とともに深いお辞儀で客を見送った。
「店長、ありがとうございました」
客の姿が見えなくなると、新人が今度は凌士に向かって頭を下げた。意気消沈した顔だった。
凌士は彼女の背を押して店内に戻る。
「客には新人もベテランも関係ない。本体かセールスの人間かも、はっきり言って関係ない。すべて、如月モビリティーズの社員だ」
バックヤードでそう告げると、彼女ははっと姿勢を正した。
「はい」
「常に自分が会社の顔だと思え。客の前で自信のなさを顔に出すな。あれでは客に信用されない。対処できないのであれば、恥ずかしがらずにほかの人間を呼べ」
「はい」
「知識不足が原因なら、不明点はその日のうちに解決させろ。次は必ず対処できるように準備するんだ。そうやって一歩ずつ、如月の社員としての力をつけていけ」
「……はい! そうします。ご指導ありがとうございます」
ぴしりと姿勢を正すも、笑顔になった彼女に、凌士は内心で首を捻った。
「肝のすわった新入社員だな」
凌士を前にした部下はたいてい、萎縮する。肩書のせいばかりではなく、凌士自身の放つ威圧的な雰囲気によるものだ。
しかし、彼女は凌士を前にしても小さくなることがない。
「わたしのためにしてくださった注意だと、わかりますから。一歩ずつ、ていねいに、ですよね」
彼女は、ほんの少し目にちゃめっ気をにじませた。
「へえ。今後の働きが楽しみだ」
「はい! 頑張ります。いつか必ず、店長の期待に応えますね」
新人らしい熱意と向上心、そして素直さのうかがえる返答を残して、彼女はまた仕事を探しにフロアへ戻った。
気落ちしたばかりで仕事になるのか気がかりだったが、彼女の動きは見違えるようによくなっていた。彼女はこれから伸びる予感がする。
目が吸い寄せられた。
凌士はその日、視察から戻ると、事業撤退に追いこんだ製品の工場長に連絡を取った。
「工場長、先日はじゅうぶんなご相談もなく非礼を働き、申し訳ございませんでした。あらためて、お話をさせていただけませんか。このたびの事業撤退と今後の展開について——」
期待に応えようとする社員がいるのなら、凌士自身も変わらなければいけない。
凌士の頭には、ささいな声かけで前を向いた彼女の姿が、いつまでも残っていた。
新人にありがちだが、知識もないのになんとかしなければと必死で、表情を保てなくなっているのだ。明るさが失われていた。
凌士はさりげなくふたりの前へ進み出ると、客に頭を下げた。
「お困りごとでしょうか。店長の私が承ります」
言いながら、さりげなく彼女を一歩下がらせる。
客は店長と聞いて溜飲を下げたのか、険しかった顔を瞬時に崩した。彼女にも投げたであろう質問を凌士に繰り返す。凌士がそのすべてに澱みなく答えると、客は大笑いした。
「いやあ、社員がこんなことも知らないのかと如月の未来を憂いてしまったが、君のような店長がいるなら、まだ大丈夫そうだ。ありがとう」
商談には至らなかったが、客はまた来ると行って帰っていく。凌士は店の前まで出て、新人とともに深いお辞儀で客を見送った。
「店長、ありがとうございました」
客の姿が見えなくなると、新人が今度は凌士に向かって頭を下げた。意気消沈した顔だった。
凌士は彼女の背を押して店内に戻る。
「客には新人もベテランも関係ない。本体かセールスの人間かも、はっきり言って関係ない。すべて、如月モビリティーズの社員だ」
バックヤードでそう告げると、彼女ははっと姿勢を正した。
「はい」
「常に自分が会社の顔だと思え。客の前で自信のなさを顔に出すな。あれでは客に信用されない。対処できないのであれば、恥ずかしがらずにほかの人間を呼べ」
「はい」
「知識不足が原因なら、不明点はその日のうちに解決させろ。次は必ず対処できるように準備するんだ。そうやって一歩ずつ、如月の社員としての力をつけていけ」
「……はい! そうします。ご指導ありがとうございます」
ぴしりと姿勢を正すも、笑顔になった彼女に、凌士は内心で首を捻った。
「肝のすわった新入社員だな」
凌士を前にした部下はたいてい、萎縮する。肩書のせいばかりではなく、凌士自身の放つ威圧的な雰囲気によるものだ。
しかし、彼女は凌士を前にしても小さくなることがない。
「わたしのためにしてくださった注意だと、わかりますから。一歩ずつ、ていねいに、ですよね」
彼女は、ほんの少し目にちゃめっ気をにじませた。
「へえ。今後の働きが楽しみだ」
「はい! 頑張ります。いつか必ず、店長の期待に応えますね」
新人らしい熱意と向上心、そして素直さのうかがえる返答を残して、彼女はまた仕事を探しにフロアへ戻った。
気落ちしたばかりで仕事になるのか気がかりだったが、彼女の動きは見違えるようによくなっていた。彼女はこれから伸びる予感がする。
目が吸い寄せられた。
凌士はその日、視察から戻ると、事業撤退に追いこんだ製品の工場長に連絡を取った。
「工場長、先日はじゅうぶんなご相談もなく非礼を働き、申し訳ございませんでした。あらためて、お話をさせていただけませんか。このたびの事業撤退と今後の展開について——」
期待に応えようとする社員がいるのなら、凌士自身も変わらなければいけない。
凌士の頭には、ささいな声かけで前を向いた彼女の姿が、いつまでも残っていた。