冷徹御曹司は想い続けた傷心部下を激愛で囲って離さない
 つかのま浮かんだ照れをかき消し、凌士がグラスに手を伸ばす。お揃いで手作りしたものだ。
 凌士はそれをゆっくりと、手の中で傾ける。

「じゃあ、ずっと……だったんですか?」
「そうだな。だから、あさひの仕事へのプライドは理解しているつもりだ。尊重もする。だがプライベートのほうは、俺の望みに反するからな。すべて尊重するわけにはいかない」

 凌士はグラスを空にすると、ほかの皿にも手をつけていく。あさひは凌士のグラスにビールを注ぐ。

「俺はやはり、あさひと結婚したい。今すぐ。その望みは譲れない」

 あさひは空になったグラスを顔の前にかざした。ガラスに、あさひ自身の顔が形を変えて映りこむ。
 まだ理想への道半ばな、頼りない顔。けれど以前より、自分を信じられる。凌士の思いを受け止められる。
 ふと、ガラス細工の工房で出会った女性の言葉が、頭をよぎった。

 ずっと、八年かけて支えられると思えるようになったことのほうに共感していたけれど、今は。

『けっきょくは短いも長いもなくて、タイミングだと思うわ』

 そうだ、過ごした時間の長さじゃない。支えられるかどうかでもない。
 このひとといたいと思う。
 それだけの、ごくシンプルな感情さえあればいいのだ。

(結婚だって、夫婦という器に添うふたりを作っていけばよくて)

 大丈夫。凌士となら怖くない。
 支えなきゃと肩肘を張らなくても、一緒に歩いてくれる。ただの庇護ではなく、あさひが前へ進む力を信じてくれる。

「凌士さん。これからも……わたしを好きでいてくれますか?」
「あさひの一生を俺の手の中に入れておきたいと願うから、プロポーズしてるんだろう」

 苦笑した凌士が、食べ終えた皿を手に席を立つ。あさひもあとを追った。
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