Einsatz─あの日のメロディーを君に─
第20話 いろいろな準備
それから少し月日が流れて、二学期始業式の朝。
三年生は徐々にクラブを引退していたけれど放送部には後輩がいないので、いつものように美咲は放送室に寄ってから教室に向かった。
五組の教室に入ったとき、
(あれっ、大倉君が変!)
と思ったのは、夏休みの間に塾で見慣れた髪型がスーパーハードで、やはり学校は普通だったからだ。
塾で美咲は再び選Aに戻っていて、彩加と朋之はいなかったけれど裕人が一緒だった。席も近かったのでよく視界に入っていて、しかも何故か美咲はハードな彼に親近感を覚えてしまっていた。実際、学校でも侑子と話すよりも斜め後ろの裕人と話すほうが多くなっていた。もちろん侑子を放置はできないので、いろいろ話しかけてはいたけれど。
外部の模試を受ける予定があったので、美咲は彩加と侑子と三人で申し込みに行った。学校は午前中だけだったので、一旦家に帰って着替えてある。
受付をしている場所に行くと、高井の姿があった。
「うわー、高井や」
高井は変な顔をしていたけれど、出会った頃ほど酷くはなかった。美咲なんて裕人と同様に、高井に親近感を持ってしまっていた。
「そういえば竹田のこと聞いた?」
言い出したのは彩加だった。
「竹田? 何?」
美咲は彼を見ていないし、何も聞いていない。
「入院したらしい」
「なんで?」
それは彩加も聞いていないらしい。
けれど、翌日には学年で噂になっていた。竹田は夜中に吐血し、救急車で運ばれた。脳内出血だったらしい。彼の母親に聞いたのか、美咲の母親もなぜか知っていた。彼はもともと静脈と動脈がくっついていたらしい。
(あいつ大丈夫か……?)
二学期最初のクラブのミーティングの日。
「今年の三年生を送る会は、クラブのビデオを撮って見せてあげようと思うんやけど」
学校内のすべてのクラブをビデオに撮り、それを卒業生に『Dear SENIOR』として見せる予定らしい。相変わらず放送部は新入部員がなく現役は三年生だけで微妙な空気が流れたけれど、文化部と体育部に分かれてそれぞれビデオを撮りに行った。
用事があって八組側の階段を上っていると、
(なんか臭い……あー、八組の劇の絵……って──)
美咲が通ろうとしているその道を、朋之が扇子で扇ぎながら塞いでいた。八組は文化祭で『ロミオとジュリエット』をすると聞いていた。
「ちょっと……ごめんよ……」
(山口君は何か役あるんかな?)
編集すると短くなるから、ビデオはとにかく多く撮っていた。
サッカー部を撮り終えたときに近くに一年生がいて、美咲がカメラを向ける真似をすると彼らは走ってきた。
録画ボタンを押していなかったのですぐにビデオを下げると、
「えー、撮《うつ》してあげようよー、走ってきてー!」
彩加が叫ぶと、一年生はもう一度走ってきた。今度はちゃんと撮してあげて、それは映像になった。
三年五組は文化祭で学級歌を歌うことになって曲も決まっていたけれど。
「楽譜とかないよなぁ」
「友紀ちゃん作れば?」
「作ろっか」
話していたのは、パンダとカエルだ。
けれど既に美咲の友人の文化係・麻美によって伴奏は美咲に決められていたことを、彼女らは知らなかった。河辺友紀は美咲とは違うグループのボス的存在で、ピアノも弾ける。
そのことを昼休みに放送室で彩加に話すと、
「河辺さん敵に回さんほうがいいで」
「……やっぱり?」
けれど美咲はパンダを敵に回したかった。もちろん彼女には何の恨みもない。
放課後に教室でCDをかけて歌の練習をしていたとき、裕人と松尾の会話が聞こえた。しかも内容は美咲のことだった。
美咲が聞いていることに裕人は気づいたらしい。
「紀伊さん、合唱コンクールで二曲とも弾くん?」
合唱コンクールでまたピアノを弾くことは、結構前から決まっていた。美咲は文化祭で弾くから今回はパンダにして欲しい、とパンダの友人が篠山に言っていたけれど、篠山は『聞いたときにパンダは希望していなかった』という理由でその意見を蹴っていた。
ちなみに指揮の希望が出ないのは毎年恒例のことで、〝他に希望がなければします〟という人も五組にはいなかったらしい。
「うん」
「そんじゃ、塾なんか行ってる暇ないんちゃうん?」
「え……、あるよ」
塾《《なんか》》、と言っているのは、裕人には美咲は塾よりピアノの優先順位が高いと見えていたのだろうか。
美咲は笑いながら侑子との会話に戻ったけれど、裕人と松尾はしばらく美咲の話を続けていた。
麻美が学級歌の曲の楽譜を買いに行こうと言ってきたのは、美咲が放送室に行ってからだった。侑子とのんびりしているとドアがノックされた。
「忙しかったら、うちと温子と先生で行ってくるけど」
美咲はクラブで残っていたけれど、特に用事はないので行くことにした。荷物は放送室に置いたままで、侑子はしばらくゆっくりしてから帰ると言っていた。
「どこで売ってるんやろ?」
江井市は田舎なので、本屋はあるけれど楽譜は置いていない。
「あそこのショッピングモールやったらあるんちゃう?」
担任の車の中では、ずっと学級歌の曲をかけていた。替え歌ではあるけれど部分的に原曲通りで温子のソロが入ることになっていて、彼女は歌っていた。
学校に戻ったのは五時半で、部室に置いてあった鞄には侑子が『おかえり。先に帰ってまーす。バイバイ』というメッセージをくくりつけてあった。
(そういえば彩加ちゃん何してんのかな?)
美咲は一組の教室に行ってみることにした。一組の靴箱を確認すると、彩加の靴はまだ残っていた。
一組のドア付近に彩加はいた。ちなみに一組は、『タイタニック』をするらしい。
「あれっ、美咲ちゃん、おったん?」
「うん」
彩加は何故か不思議な顔をしていた。
「校内放送で何回も呼び出しかかってたの知らんかった?」
「えっ……クラブ?」
「うん。放送室に鞄あるのに靴ないし、侑ちゃんは帰ってるのに美咲ちゃんどこやー、って」
しばらくの間、美咲は校内で有名だったらしい。
「あー、学校におらんかったからな。文化祭の楽譜買いに行ってた」
まさか用事があるとは思わなかった。彩加にも一言言っておくべきだった。
三年生は徐々にクラブを引退していたけれど放送部には後輩がいないので、いつものように美咲は放送室に寄ってから教室に向かった。
五組の教室に入ったとき、
(あれっ、大倉君が変!)
と思ったのは、夏休みの間に塾で見慣れた髪型がスーパーハードで、やはり学校は普通だったからだ。
塾で美咲は再び選Aに戻っていて、彩加と朋之はいなかったけれど裕人が一緒だった。席も近かったのでよく視界に入っていて、しかも何故か美咲はハードな彼に親近感を覚えてしまっていた。実際、学校でも侑子と話すよりも斜め後ろの裕人と話すほうが多くなっていた。もちろん侑子を放置はできないので、いろいろ話しかけてはいたけれど。
外部の模試を受ける予定があったので、美咲は彩加と侑子と三人で申し込みに行った。学校は午前中だけだったので、一旦家に帰って着替えてある。
受付をしている場所に行くと、高井の姿があった。
「うわー、高井や」
高井は変な顔をしていたけれど、出会った頃ほど酷くはなかった。美咲なんて裕人と同様に、高井に親近感を持ってしまっていた。
「そういえば竹田のこと聞いた?」
言い出したのは彩加だった。
「竹田? 何?」
美咲は彼を見ていないし、何も聞いていない。
「入院したらしい」
「なんで?」
それは彩加も聞いていないらしい。
けれど、翌日には学年で噂になっていた。竹田は夜中に吐血し、救急車で運ばれた。脳内出血だったらしい。彼の母親に聞いたのか、美咲の母親もなぜか知っていた。彼はもともと静脈と動脈がくっついていたらしい。
(あいつ大丈夫か……?)
二学期最初のクラブのミーティングの日。
「今年の三年生を送る会は、クラブのビデオを撮って見せてあげようと思うんやけど」
学校内のすべてのクラブをビデオに撮り、それを卒業生に『Dear SENIOR』として見せる予定らしい。相変わらず放送部は新入部員がなく現役は三年生だけで微妙な空気が流れたけれど、文化部と体育部に分かれてそれぞれビデオを撮りに行った。
用事があって八組側の階段を上っていると、
(なんか臭い……あー、八組の劇の絵……って──)
美咲が通ろうとしているその道を、朋之が扇子で扇ぎながら塞いでいた。八組は文化祭で『ロミオとジュリエット』をすると聞いていた。
「ちょっと……ごめんよ……」
(山口君は何か役あるんかな?)
編集すると短くなるから、ビデオはとにかく多く撮っていた。
サッカー部を撮り終えたときに近くに一年生がいて、美咲がカメラを向ける真似をすると彼らは走ってきた。
録画ボタンを押していなかったのですぐにビデオを下げると、
「えー、撮《うつ》してあげようよー、走ってきてー!」
彩加が叫ぶと、一年生はもう一度走ってきた。今度はちゃんと撮してあげて、それは映像になった。
三年五組は文化祭で学級歌を歌うことになって曲も決まっていたけれど。
「楽譜とかないよなぁ」
「友紀ちゃん作れば?」
「作ろっか」
話していたのは、パンダとカエルだ。
けれど既に美咲の友人の文化係・麻美によって伴奏は美咲に決められていたことを、彼女らは知らなかった。河辺友紀は美咲とは違うグループのボス的存在で、ピアノも弾ける。
そのことを昼休みに放送室で彩加に話すと、
「河辺さん敵に回さんほうがいいで」
「……やっぱり?」
けれど美咲はパンダを敵に回したかった。もちろん彼女には何の恨みもない。
放課後に教室でCDをかけて歌の練習をしていたとき、裕人と松尾の会話が聞こえた。しかも内容は美咲のことだった。
美咲が聞いていることに裕人は気づいたらしい。
「紀伊さん、合唱コンクールで二曲とも弾くん?」
合唱コンクールでまたピアノを弾くことは、結構前から決まっていた。美咲は文化祭で弾くから今回はパンダにして欲しい、とパンダの友人が篠山に言っていたけれど、篠山は『聞いたときにパンダは希望していなかった』という理由でその意見を蹴っていた。
ちなみに指揮の希望が出ないのは毎年恒例のことで、〝他に希望がなければします〟という人も五組にはいなかったらしい。
「うん」
「そんじゃ、塾なんか行ってる暇ないんちゃうん?」
「え……、あるよ」
塾《《なんか》》、と言っているのは、裕人には美咲は塾よりピアノの優先順位が高いと見えていたのだろうか。
美咲は笑いながら侑子との会話に戻ったけれど、裕人と松尾はしばらく美咲の話を続けていた。
麻美が学級歌の曲の楽譜を買いに行こうと言ってきたのは、美咲が放送室に行ってからだった。侑子とのんびりしているとドアがノックされた。
「忙しかったら、うちと温子と先生で行ってくるけど」
美咲はクラブで残っていたけれど、特に用事はないので行くことにした。荷物は放送室に置いたままで、侑子はしばらくゆっくりしてから帰ると言っていた。
「どこで売ってるんやろ?」
江井市は田舎なので、本屋はあるけれど楽譜は置いていない。
「あそこのショッピングモールやったらあるんちゃう?」
担任の車の中では、ずっと学級歌の曲をかけていた。替え歌ではあるけれど部分的に原曲通りで温子のソロが入ることになっていて、彼女は歌っていた。
学校に戻ったのは五時半で、部室に置いてあった鞄には侑子が『おかえり。先に帰ってまーす。バイバイ』というメッセージをくくりつけてあった。
(そういえば彩加ちゃん何してんのかな?)
美咲は一組の教室に行ってみることにした。一組の靴箱を確認すると、彩加の靴はまだ残っていた。
一組のドア付近に彩加はいた。ちなみに一組は、『タイタニック』をするらしい。
「あれっ、美咲ちゃん、おったん?」
「うん」
彩加は何故か不思議な顔をしていた。
「校内放送で何回も呼び出しかかってたの知らんかった?」
「えっ……クラブ?」
「うん。放送室に鞄あるのに靴ないし、侑ちゃんは帰ってるのに美咲ちゃんどこやー、って」
しばらくの間、美咲は校内で有名だったらしい。
「あー、学校におらんかったからな。文化祭の楽譜買いに行ってた」
まさか用事があるとは思わなかった。彩加にも一言言っておくべきだった。