Einsatz─あの日のメロディーを君に─
第21話 予想外の結果
江井中学では始業前のウォーミングアップに、漢字や英語その他簡単なクイズなどを解くことになっていた。朝にする学習だから、朝学だ。
朝学として配られていた冊子は日によってする場所が決まっていて、その日も美咲はさっそく取り掛かろうとしていた。ちゃんとしている生徒もいれば、もちろんしない生徒もいた。席の近くに侑子や裕人以外に話す友人がいなかった美咲は、朝学は暇つぶしだった。
「紀伊さーん」
後ろから美咲を呼んだのは裕人だった。笑っていた。
「朝学どこ?」
隣には松尾もいたのに美咲に聞くということは、松尾もわかっていなかったのだろうか。
男子というのはそんなものなのだろうか。
その日もやはり塾があって、美咲と彩加は少し早めに行った。少し──のつもりだったけれど、他に生徒はほとんどいなかったので、だいぶ早かったのかもしれない。
彩加の教室は事務所の前で、美咲は三階だった。ビルの一階には他のテナントが入っていたので、塾の敷地に入った時点で二階だ。
美咲が一人で三階に向かい教室に入ろうとすると、
「あれ……」
電気がついていなかった。
「あ、今日こっち。俺の予想が当たってたらこっち」
隣の教室から現れたのは、裕人とK.K.君だった。
「俺をー……信じるならこっち。多分こっち。俺の予想が──」
美咲は裕人の言葉を素直に信じてその教室に入り、裕人とK.K.君はどこかへ消えた。入口には確かに座席表が貼ってあった。
(あれ? K.K.君ってここおったっけ? 入ったんかな。それにしても最近、大倉君だらけやなぁ)
その教室で、美咲の席は左側の一番後ろの角だった。居心地が良いといえば良かったけど、やはり視界に入ってくる裕人の頭が邪魔だった。
(あの頭、もうちょっと下げてくれへんかなぁ)
その日は厳しい先生の国語があって、始まる前に先生は生徒たちの方を向いて一点を見つめていた。
「あっ、どっかで見たことあると思ったらサボテンやったんや」
先生は裕人の頭を見て笑っていた。裕人は何も言わなかった。
「こんなサボテンあるでなー」
確かにある。それくらい、裕人の頭は尖っていた。
いつか受けた塾の全国規模での試験の結果が出たようで、その日に返却された。美咲は選Aに戻ってはいたけれど、成績はまだ安定していない。
(成績優秀なわけないし……って、ええ?)
得手不得手がもちろんあるので、教科によってバラつきはあったけれど。
それでも結果や志望校の判定は想像通りだったけれど。
(待って待って、何かの間違いじゃないん?)
美咲より確実に優秀な選Sの生徒を抜いて、全国の塾全体での偏差値が七十以上あるような超優秀な人たちをも抜いて、美咲はなぜか苦手な数学で一位になっていた。しかも廊下に貼り出された全国のランキングに、美咲が知っている名前は載っていなかった。
「紀伊、すげぇな」
「美咲ちゃん、どうしたん?」
「一位やで! 他に誰も載ってないし!」
「わからん……なんか……スラスラ解けるなぁとは思った気するけど……簡単やったんかな?」
「いや、難しかったで? おい、どうした、選Sの奴ら!」
たまに美咲は、そういうことがある。
普段は数学は苦手なのに、何かの拍子にスイッチが入ってほとんど悩まずに解けることがある。得意な英語はスペルや意味を覚えるのが大変だったけれど、数学は公式さえ入っていれば何とかなるらしい。
後日、美咲のところに塾長が何かを持ってやってきた。
「まぐれにしても、すごいなぁ。遠いし、まぁ、見るだけ見とき」
笑いながら美咲に渡したのは、成績優秀者を対象とした数学の特別講座の案内だった。
ちなみに、いつか入院した竹田は、頭の手術を無事に終えて退院しているらしい。塾の先生たちも、裕人や高井から彼のことを聞いていた。
「森山、おまえハリネズミみたいやな」
文化祭の前日、放課後に諸々の作業を終えてから美咲が塾に行くと、教室で見た裕人の髪はやはりスーパーハードに立ててあった。
それを見て笑ったのは、理科の児玉だ。
サボテンの次はハリネズミか。確かに針だ。
「ハリネズミってこんなんやでな」
児玉は裕人の頭を触りながら笑っていた。
この頭を学校で見たい、という美咲の願いはすぐに叶うことになる。
「美咲ちゃん……、怖いぃ」
侑子が少し泣きそうな顔をしていた。裕人が怖い、と合図をしているので彼を見ると、その理由がわかった。
(うわ、やってる! やった!)
文化祭当日の朝に準備をしているとき、裕人は自分の髪を固めていた。修学旅行のときも少しだけ固めていたけれど、学校でスーパーハードにしたのは初めてなので、ほとんど全員が驚いていたはずだ。
三年五組の学級歌は、担任が学制服を着て指揮をしてくれた。女子はともかく男子の声が小さかったので何回も残って練習をさせられたけれど、当日はなんとかうまく出来たはずだ。
「松山先生て、制服着て指揮とかしてくれる人ちゃうでぇ」
と他の先生が言っていたけれど、担任は生徒たちの希望を聞いてくれた。温子のソロの部分は直後の間奏で拍手が貰え、やがてそれは手拍子に変わっていた。
美咲を含めた放送部員は基本的に舞台に近い司会席にいたので、舞台の端が見難かったけれど。
「ええっ、あれ……!」
八組の劇でロミオ役をしているのは、紛れもなく朋之だった。
(うわー……しかもサングラスにあの服……アロハシャツ? 正面から見たい……)
米原史明と破壊大魔王のクラスも劇をしていて、女装した大魔王が史明に「ショウってやっぱり素敵☆」と言っていた。
学級歌を選んでいた他のクラスでは。
「何あれ? 先生、お坊さんになってるし、しかもあの大仏……」
指揮の代わりに座って木魚を叩く先生の前に大きな緑の大仏があって、それは美咲と侑子が修学旅行の帰りに新幹線で見かけた被り物だった。単に面白半分に買った浅草土産だろうと思っていたけれど、きちんと有効活用できたらしい。お寺らしく蓮の葉と花も紙で作っていた。なぜか、合格祈願の旗まで立てていた。
途中までは普通に歌っていたけれど。
「うわっ、大仏が動いた!」
「あっ、頭取った! ってカメラ持ってるやん!」
大仏の中には男子生徒が入っていて、舞台を移動しながら写真を撮っていた。それは、山口剛だった。
朝学として配られていた冊子は日によってする場所が決まっていて、その日も美咲はさっそく取り掛かろうとしていた。ちゃんとしている生徒もいれば、もちろんしない生徒もいた。席の近くに侑子や裕人以外に話す友人がいなかった美咲は、朝学は暇つぶしだった。
「紀伊さーん」
後ろから美咲を呼んだのは裕人だった。笑っていた。
「朝学どこ?」
隣には松尾もいたのに美咲に聞くということは、松尾もわかっていなかったのだろうか。
男子というのはそんなものなのだろうか。
その日もやはり塾があって、美咲と彩加は少し早めに行った。少し──のつもりだったけれど、他に生徒はほとんどいなかったので、だいぶ早かったのかもしれない。
彩加の教室は事務所の前で、美咲は三階だった。ビルの一階には他のテナントが入っていたので、塾の敷地に入った時点で二階だ。
美咲が一人で三階に向かい教室に入ろうとすると、
「あれ……」
電気がついていなかった。
「あ、今日こっち。俺の予想が当たってたらこっち」
隣の教室から現れたのは、裕人とK.K.君だった。
「俺をー……信じるならこっち。多分こっち。俺の予想が──」
美咲は裕人の言葉を素直に信じてその教室に入り、裕人とK.K.君はどこかへ消えた。入口には確かに座席表が貼ってあった。
(あれ? K.K.君ってここおったっけ? 入ったんかな。それにしても最近、大倉君だらけやなぁ)
その教室で、美咲の席は左側の一番後ろの角だった。居心地が良いといえば良かったけど、やはり視界に入ってくる裕人の頭が邪魔だった。
(あの頭、もうちょっと下げてくれへんかなぁ)
その日は厳しい先生の国語があって、始まる前に先生は生徒たちの方を向いて一点を見つめていた。
「あっ、どっかで見たことあると思ったらサボテンやったんや」
先生は裕人の頭を見て笑っていた。裕人は何も言わなかった。
「こんなサボテンあるでなー」
確かにある。それくらい、裕人の頭は尖っていた。
いつか受けた塾の全国規模での試験の結果が出たようで、その日に返却された。美咲は選Aに戻ってはいたけれど、成績はまだ安定していない。
(成績優秀なわけないし……って、ええ?)
得手不得手がもちろんあるので、教科によってバラつきはあったけれど。
それでも結果や志望校の判定は想像通りだったけれど。
(待って待って、何かの間違いじゃないん?)
美咲より確実に優秀な選Sの生徒を抜いて、全国の塾全体での偏差値が七十以上あるような超優秀な人たちをも抜いて、美咲はなぜか苦手な数学で一位になっていた。しかも廊下に貼り出された全国のランキングに、美咲が知っている名前は載っていなかった。
「紀伊、すげぇな」
「美咲ちゃん、どうしたん?」
「一位やで! 他に誰も載ってないし!」
「わからん……なんか……スラスラ解けるなぁとは思った気するけど……簡単やったんかな?」
「いや、難しかったで? おい、どうした、選Sの奴ら!」
たまに美咲は、そういうことがある。
普段は数学は苦手なのに、何かの拍子にスイッチが入ってほとんど悩まずに解けることがある。得意な英語はスペルや意味を覚えるのが大変だったけれど、数学は公式さえ入っていれば何とかなるらしい。
後日、美咲のところに塾長が何かを持ってやってきた。
「まぐれにしても、すごいなぁ。遠いし、まぁ、見るだけ見とき」
笑いながら美咲に渡したのは、成績優秀者を対象とした数学の特別講座の案内だった。
ちなみに、いつか入院した竹田は、頭の手術を無事に終えて退院しているらしい。塾の先生たちも、裕人や高井から彼のことを聞いていた。
「森山、おまえハリネズミみたいやな」
文化祭の前日、放課後に諸々の作業を終えてから美咲が塾に行くと、教室で見た裕人の髪はやはりスーパーハードに立ててあった。
それを見て笑ったのは、理科の児玉だ。
サボテンの次はハリネズミか。確かに針だ。
「ハリネズミってこんなんやでな」
児玉は裕人の頭を触りながら笑っていた。
この頭を学校で見たい、という美咲の願いはすぐに叶うことになる。
「美咲ちゃん……、怖いぃ」
侑子が少し泣きそうな顔をしていた。裕人が怖い、と合図をしているので彼を見ると、その理由がわかった。
(うわ、やってる! やった!)
文化祭当日の朝に準備をしているとき、裕人は自分の髪を固めていた。修学旅行のときも少しだけ固めていたけれど、学校でスーパーハードにしたのは初めてなので、ほとんど全員が驚いていたはずだ。
三年五組の学級歌は、担任が学制服を着て指揮をしてくれた。女子はともかく男子の声が小さかったので何回も残って練習をさせられたけれど、当日はなんとかうまく出来たはずだ。
「松山先生て、制服着て指揮とかしてくれる人ちゃうでぇ」
と他の先生が言っていたけれど、担任は生徒たちの希望を聞いてくれた。温子のソロの部分は直後の間奏で拍手が貰え、やがてそれは手拍子に変わっていた。
美咲を含めた放送部員は基本的に舞台に近い司会席にいたので、舞台の端が見難かったけれど。
「ええっ、あれ……!」
八組の劇でロミオ役をしているのは、紛れもなく朋之だった。
(うわー……しかもサングラスにあの服……アロハシャツ? 正面から見たい……)
米原史明と破壊大魔王のクラスも劇をしていて、女装した大魔王が史明に「ショウってやっぱり素敵☆」と言っていた。
学級歌を選んでいた他のクラスでは。
「何あれ? 先生、お坊さんになってるし、しかもあの大仏……」
指揮の代わりに座って木魚を叩く先生の前に大きな緑の大仏があって、それは美咲と侑子が修学旅行の帰りに新幹線で見かけた被り物だった。単に面白半分に買った浅草土産だろうと思っていたけれど、きちんと有効活用できたらしい。お寺らしく蓮の葉と花も紙で作っていた。なぜか、合格祈願の旗まで立てていた。
途中までは普通に歌っていたけれど。
「うわっ、大仏が動いた!」
「あっ、頭取った! ってカメラ持ってるやん!」
大仏の中には男子生徒が入っていて、舞台を移動しながら写真を撮っていた。それは、山口剛だった。